東京メトロが23日、東証プライム市場に上場した。東京都と国が所有株の半分を売却する大型案件。時価総額は1兆円を超え、投資家の注目の高さを印象付けた。ただ、都は長年、都営地下鉄との統合を目指して株を手放してこなかった。今になって売り出したのはなぜ。利用客に影響はあるのだろうか。(木原育子、森本智之)

◆東証はセレモニーでお祝いムード

 「当取引所プライム市場に上場しましたので、ご通知申し上げます。おめでとうございます!」  23日、東京・日本橋兜町の東京証券取引所。東証幹部が宣言し、東京メトロの山村明義社長に上場通知書を手渡すと、会場は大きな拍手に包まれた。  リング形の株価表示システム「チッカー」には、「祝上場 東京地下鉄株式会社」と印字された文字がぐるぐる回った。

東京メトロの上場セレモニーで記念撮影する山村明義社長(前列左から5人目)ら。男性18人がずらりと並んだ=23日、東京都中央区で

 20分以上を要した記念撮影では山村社長を中心に、男性役員18人がずらりと並び、女性役員の姿はゼロ。会社の理念「東京を走らせる力」と書かれたボードを晴れ晴れしげに掲げていたが、何だか微妙さを感じさせる出発進行となった。  「カーン、カーン」。上場を記念し、五穀豊穣(ほうじょう)にあやかって、東京メトロ幹部が小づちを手に鐘を計5回打ち鳴らすと、ボルテージは最高潮に。お祝いムード一色だった。

◆民営化から20年、ようやく実現

 ただ、上場までの道のりは紆余(うよ)曲折があった。  東京メトロの前身は1941年設立の帝都高速度交通営団(通称・営団地下鉄)。戦後、国と都の資金で地下鉄の建設を進めた。経済成長に伴う交通需要に対応するため、都は別に都営地下鉄を設立した。  営団地下鉄は国の特殊法人改革の対象になり、1995年に民営化方針が閣議決定された。早期の株式売却を前提に、国と都を株主として2004年に設立されたのが東京メトロだ。

東京メトロの初値が表示されたモニター=23日、東京都中央区で(中村千春撮影)

 だが株式売却は簡単に進まなかった。都が赤字の都営地下鉄を東京メトロと統合しようとした時期があり、20年以上膠着(こうちゃく)状態だった。国や都はどんな心境でこの日を迎えたか。  都都市基盤部調整担当課の青木真毅人課長は「過去にそういったこともあったが、そもそも法律に基づき上場は既定路線だった」と素っ気ない。国土交通省都市鉄道政策課の高椙裕・企画調整官も「株式を半分売却することで、半分は多様な市場に開かれる。株主の意見を踏まえたサービス向上が期待される」と型通りのコメントに終始した。

◆「都営との一元化」に社長は素っ気なく

 セレモニー後の会見。山村社長は上場の意義を「いっそうの経営改革をしていくための基盤作りだ」とアピールした。しかし、過去の都営地下鉄との一元化議論を問われると、流ちょうな口ぶりは鳴りをひそめ、「国の審議会の答申でも全く触れられていない。売り出し人の東京都からも(議論は)ない。現段階で一元化はテーマになっていない」とし「過去よりこれからのことを考えていきたい」と切り捨てた。

上場セレモニーで鐘を鳴らし、笑顔を見せる東京メトロの山村明義社長=23日、東京都中央区の東京証券取引所で(中村千春撮影)

 同じ日の東証周辺。2年前から株式投資を始めた東京都調布市の内海賢一さん(61)は「損はしない成長株。高配当だと思って買いたかったが、抽選に当たらなかった」と残念そう。「期待は高い。サービスをよくして」と注文。旅行で訪れていた北京在住の解楽(かいらく)さん(40)は「東京メトロはアジアを代表する鉄道会社。既に上場してると思っていた。東京の地下鉄は値段が高い。もう少し安くしてもらえるとうれしい」とインバウンド(訪日客)対策を求めた。

◆統合に熱心だった猪瀬知事が辞任すると…

 東京メトロと都営地下鉄の統合に熱心だったのが、石原慎太郎都政の後半に当たる2007〜12年に副知事を務め、後任の知事にもなった猪瀬直樹参院議員だ。当時、両社のホームが壁一枚で隔てられていた九段下駅で、この壁を不便の象徴の「バカの壁」と呼び、統合によるサービス一元化を訴えた。ところが13年に猪瀬氏が知事を辞任して以降、議論はパッタリとやんだようにみえる。

東京都営地下鉄九段下駅(左)と東京メトロ九段下駅(右奧)を隔てる壁に設置された非常扉を視察する猪瀬副知事(当時)=2010年6月、東京都千代田区の都営地下鉄九段下駅で

 いまの猪瀬氏に上場はどう映るのか。「こちら特報部」の電話取材に対し「都営は借金が大きいから統合は無理と批判された。だが単年度収支は黒字なので、いずれ確実に赤字は完済できた。普通に考えれば一元化はできる。小池(百合子)さんが(16年に)知事に就任した時にも伝えたんだが」と変わらぬ持論を述べ、嘆いた。

◆延伸したい都は「国とけんか」していた

 一方、猪瀬氏の後を継いだ舛添要一前知事は「在任中は一元化の話はなかった」と温度差を感じさせ「上場は必要だと思っていたが、国とはこの問題でけんかしていて下手に上場できない状況だった。ここまで来て感慨深い」と話した。  「国とけんか」とは何か。石原知事1期目の1999〜2003年に副知事を務め、都政に詳しい青山佾(やすし)明治大名誉教授(公共政策)は「東京メトロが株式会社化(04年)される段階で、国は財政負担を嫌がり、今後はメトロの新しい路線を建設しないと決めた。ところが都にとっては聞き捨てならない話。当時から有楽町線や南北線の延伸計画があり、それを棚上げして協力できなかった」と解説する。  上場前、株式の保有割合は国が53.4%に対し、都は46.6%。「もし国が売れば、都が買って経営権を握るという姿勢で、にらみ合いが約20年続いた」。メトロの株式会社化に当たって02年に制定された東京地下鉄株式会社法では「できる限り速やかに」株式売却することが定められたが、上場まで時間を要したのはこうした理由があった。

◆小池知事と国交相の会談で「政治決着」

 転機になったのが、21年7月の小池知事と赤羽一嘉国交相(当時)の会談だったという。ここで、有楽町線と南北線の延伸に国と都が合意したことで「上場に向けて双方折り合った」。  元東京メトロ社員で鉄道ジャーナリストの枝久保達也氏は「都にとって、メトロ株は延伸計画を実現するための強力な交渉カードだった。延伸を国がのむ代わりに、都が上場を受け入れたとはいえ、今回の上場は政治的に決着したというのが私の印象」と話した。

青山佾氏(資料写真)

 残る50%の株売却については、少なくとも両路線が完成する30年代半ば以降が見込まれている。青山氏は「(インフラ事業である)地下鉄の経営は本来、市場の原理になじまない。ニューヨークやパリも行政が運営している。一気に100%売却すると、経営に悪影響が及ぶ可能性がある。延伸計画が完了し、借金返済が緒に就くまで都や国が関与を続ける必要がある」と述べる。

◆「サービスの一元化は別組織同士でもできる」

 それでは今回の上場により、利用者にはどんな影響があるだろうか。枝久保氏によると、東京メトロは所有する土地が少なく、必要最小限で造っているので駅構内もスペースは限られるため、駅ビルなど商業施設や沿線の不動産開発でもうける他の私鉄と異なる。「鉄道事業で稼ぐしかない。優良経営が続いており、本業のサービスの質を落とすことは現時点では考えられない」とみる。  その上で、「今回の上場で経営統合はほぼなくなったが、サービスの一元化は別組織同士でもできる。利用者にとってみれば、メトロも都営も東京の地下鉄という一つのネットワークを構成している。さらに利用しやすくするための話し合いは続けるべきだ」

◆デスクメモ

 35年前に東京に来た時、地下鉄にパスモはおろか、自動改札機も整備途上の状況だった。そのころと比べると随分便利になった。利用者にとってみれば、統合するかどうかは最大の関心事ではない。いっそうのバリアフリー化を含め、より多くの人に使いやすい鉄道を目指してほしい。(北) 

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