人工知能(AI)を使って相性の良い相手を紹介するマッチングアプリ「TOKYO縁結び」の提供を、東京都が始めた。民間企業のアプリが多くある中で、行政がわざわざ税金を使って参入する必要はあるのだろうか?(奥野斐)

◆民間アプリに比べ利用者数は見劣り

 スマートフォンのiPhoneとアンドロイド用のアプリがある。試しにダウンロードしてみると、シンプルな画面に「AIマッチング」と書かれていた。「はじめての方」向けには「必要書類をオンラインにてご提出ください」とある。

都のアプリの会員登録画面。「必要書類をオンラインにてご提出ください」とある

 都によると、登録には身長や最終学歴、仕事内容などの個人情報の入力が必要で、任意で価値観や性格に関わる112問の診断テストにも答える。なかなか手間がかかるようだ。  9月20日に提供が始まったアプリの登録者は当初は約1200人。都の婚活イベントなどに参加した人たちに先行登録してもらったという。この3週間で先行登録者数を超える数千人の申し込みがあったというが、民間のアプリには累計登録者数が2000万人を超えるものもあり、見劣りする。  「プライベートな情報を提供して、出会える人も少なかったらメリットがない」。都内在住の女性(24)は率直に語った。「多様な人が登録していないと選びようがない。出会いの質ってどうなの?」

◆うたい文句は「安心な出会い」

 中高年より上の世代には「マッチングアプリってどうなの?」「危なくない?」という警戒感が根強いかもしれない。だが、今やアプリで「出会う」ことは珍しいことではなくなっている。

東京都が示したマッチングアプリの画面イメージ。イラストは写真になる場合もある

 こども家庭庁が7月に行ったインターネット調査では、既婚者の出会いのきっかけはマッチングアプリが4人に1人に当たる25%で、最多だった。少子化を背景に婚活支援に取り組む自治体が増える中、都がアプリを仕掛けようという狙いも分からないではない。  都が民間アプリとの差別化でうたい文句にしているのは「安心な出会い」だ。都によると、登録時に自治体が発行する独身証明書や、源泉徴収票など収入が分かる書類を提出する必要があり、ウェブ面談で本人確認するという徹底ぶり。民間アプリでは、任意で独身確認や収入証明書類の提出を求めるものもあるが、都は必須にした。  未婚者を対象に行った都の意識調査では「1年以内に結婚したい」などと答えた人の約7割が婚活をしていなかった。大森有一・都民活躍支援担当課長は「民間のサービス利用に不安がある人もいた。都がやることで、業界全体の活性化につながるとの声もあり、アプリ提供をすることにした」と説明する。

◆「個人の自由に都が介入できることに敏感に」

 このアプリ活用は、出会いから結婚、妊娠、出産、子どもの成長まで「シームレスな(切れ目のない)」支援に取り組むとする小池百合子都知事の重点施策の一つだ。結婚支援全体で2023年度は約2億円、本年度は約3億円を予算計上し、応援イベントや結婚にまつわるエピソードの漫画化事業などを行う。

東京都が示したマッチングアプリの画面イメージ

 アプリや交流イベントなどには2023年度に9000万円、本年度は1億円の予算をかけている。アプリ自体は都が開発したというわけではなく、婚活支援やウエディングサービス業「タメニー」が手がけた。ちなみに、この会社自体もマッチングアプリを運営している。  都の熱心さの一方で、「官製婚活」のアプリは、人生の選択肢の一つである「結婚」という価値観を押しつけかねない面もある。前述の女性は、行政には民間にはできない施策を求める。「同性カップルが結婚できたり、仕事と子育てが両立できたり、いま困っている人たちへの支援をして、私たちの世代に希望を持たせてほしい」  「官製婚活」に詳しい富山大非常勤講師の斉藤正美さん(社会学)は「詳細な個人情報を保持し、個人の自由や『結婚する/しない』などの自己選択にまで都が介入しうる怖さに敏感になるべきだ」と指摘する。

◆性的マイノリティー 「差別を助長」と疑問

 実は小池知事、自民党の衆院議員時代には「婚活・街コン推進議員連盟」(当時)の初代会長を務めていた。婚活事業者らと出会いの場の創出や、婚姻数、出産数の増加を掲げ活動してきた。都では昨年から卵子凍結費用の助成なども始めた。アプリは、結婚を希望しながらも「最初の一歩」を踏み出せない人の後押しが狙いという。

小池百合子都知事

 こうした一連の流れに、斉藤さんは「結婚支援、卵子凍結助成など一見、良いことに思えるが、少子化対策であることを忘れてはいけない。その先に子どもを産んでもらおうという、女性を限りなく『産む機械』ととらえる視点がある」と警鐘を鳴らす。アプリの運営は民間委託のため「情報漏えいやトラブルに、行政がどこまで責任を持つのか」との懸念も示す。  都内在住のライターでゲイ(男性同性愛者)を公表している松岡宗嗣さん(30)は、アプリが同性パートナーの紹介に対応していない点に注目する。  「都は『多様性の尊重』を掲げながら、アプリは異性愛前提で性的マイノリティーは想定されていない。差別を放置、助長する施策を行政がやるのはどうなのか」と疑問を投げかける。

◆「アプリ開発のお金を若者や子育て支援に」

 2022年11月、都は同性カップルらを認める「パートナーシップ宣誓制度」を導入し、今年9月末までに延べ1382組が利用した。松岡さんは「法律上の結婚はできないけど、少なくとも都として同性カップルも結婚支援事業の対象にできたはずでは」という。

東京都のAIマッチングシステムのウェブサイト画面から

 松岡さんは、同世代を見ても結婚しない理由はさまざまだと感じている。都庁前では毎週末、支援団体の食品配布会に並ぶ若者の姿も少なくない。「都がアプリを開発する必要はない。そのお金を若者の所得向上や子どもを育てやすい環境に使うべきではないか」  斉藤さんも「生活困窮者も多い中、結婚はいいものだ、子どもは持つべきだとのイメージを広め、結果的に結婚したくない人、できない人らを排除した政策になっている」と話した。

 マッチングアプリ「TOKYO縁結び」 東京都が提供を始めたシステムで、価値観診断テストなどに基づき人工知能(AI)が相性のいい相手を紹介するほか、希望条件での検索もできる。都内在住、在勤、在学の18歳以上の独身者が対象。2年間で登録料は1万1000円。独身証明書、収入証明書を提出し、ウェブ面談で本人確認する。双方が望めば会うことができ、「真剣交際」に至ると退会になる。



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