「角打ち」の聖地と呼ばれる福岡県北九州市で、約100年の歴史を持つ老舗が岐路に立っている。旦過市場(小倉北区)の「赤壁酒店」。昔ながらの雰囲気で愛されてきたが、市場再整備に向けて今夏、店のある一角が解体の見通しのためだ。仮設店舗に移り、真新しい市場でも営業するか、選択の時が近づく。

 のれんの一部が破れ、店名の一部は読めない。「たくさんの客がくぐった証しだと、お客さんが言ってくれた」。4代目店主の森野秀子さん(71)は目を細めた。

 旦過市場は、大正初期に玄界灘でとれたイワシを川岸に荷揚げしたのが始まりとされる。

 秀子さんの父・勘市さんが市場内で創業したのもその頃。戦時中は酒の配給を担い、戦後、現在の場所に移転したという。「当時は木材不足で近くにあった練兵場の馬小屋のものを再利用して建てたらしい」と秀子さんの長男で5代目の敏明さん(46)。今も店の外の壁板には、馬をつなぐ金属製の輪が残る。

 店内で立ち飲みできる「角打ち」スタイルも創業当初から。交代制で働く工場労働者が多かった北九州では、朝や昼間から気軽に安く飲める角打ちが盛んになった。

 同市は競輪発祥の地とも呼ばれ、戦災復興を目的に1948年に競輪が開始。「競輪帰りのお客さんが店にずらっと並んで。父に『ちょっと手伝え。ビール運んで』ってよく頼まれた」と秀子さんは懐かしむ。

 今でも日中には観光客らが、夕方には仕事帰りの常連らがのれんをくぐり、立ち飲みを楽しむ。カウンターには、郷土料理「ぬか炊き」など酒のあても並ぶ。仕事帰りによく通う会社員男性(57)にとっては「くつろげる時間」という。

 71年に父が亡くなり、母が2代目、兄が3代目と続き、99年に秀子さんが4代目に。「親の店を絶やしちゃいけない、その一心でやってきた」

 その思いは、周辺の再整備事業で揺れている。

 木造建築の建物が多い市場は老朽化が進む。2009、10年にはそばの川が大雨で増水し、市場が浸水。護岸工事とあわせて再整備が進められることに。22年の2度の火災を経て今夏、建物の取り壊しが始まる。市がまとめた計画では、赤壁酒店の位置するエリアも解体に向けて調整中。移転先の仮設店舗は用意されるが、「新しい場所に移ったら、それはもう親の店じゃない。でも親の代から続いた店を手放すのは……。市が再整備を必要とするのも理解はできるけど」と秀子さん。新しい市場で続けるかどうかは、5代目の敏明さんに委ねるつもりという。

 代替わりも新型コロナ禍による客離れも乗り越えた。2度の火災で一時営業できなかったが、お客さんは戻ってきてくれた。だが今後、継続する場合は、しばらく仮設店舗で営業し、再整備で建設される商業施設に入ることになる。新施設では店の面積が約半分になる一方、共益費などは増額になる見通し。「いまの古い雰囲気が好きで来てくれる人も多い。新しい店にお客さんが来てくれるのだろうか」。敏明さんも悩みの中にいる。

 市は今夏に周辺の建物の解体に着手し、今年度中の新施設着工を目指している。(城真弓)

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