日米首脳会談では、防衛装備品の共同開発で連携を強化すると確認された。この軍拡方針と歩調を合わせるように本年度、防衛省は「防衛イノベーション技術研究所」なる組織を設ける。モデルは米国の「国防高等研究計画局(DARPA、ダーパ)」というが、何をもくろむのか。ダーパと同様、学術界や産業界と接触を繰り返し、大学や研究機関を軍事研究に取り込む「軍学共同」にいざなう腹づもりか。(西田直晃、森本智之)

◆敵艦探知に「素粒子」利用の研究も

 「強い決意で防衛力強化に取り組んでいると伝え、バイデン大統領から強く支持を得た」。10日、日米首脳会談後の共同記者会見。訪米中の岸田文雄首相はそう語った。今後、作業部会や実務者協議の場を設け、ミサイルやジェット練習機といった防衛装備品の共同開発・生産を促進する。

防衛イノベーション技術研究所について記した防衛省の資料

 防衛省は、装備品の開発を進めていくため、本年度中に新たな組織を防衛装備庁内に設立する。それが、「防衛イノベーション技術研究所」だ。  庁内にはすでに「航空」「陸上」「艦艇」「次世代」の四つの装備研究所がある。新たな研究所をつくる理由は何なのか。  防衛装備庁の担当者は「画期的な装備品などを生み出す機能を抜本的に強化する。従来とは異なるアプローチや手法を用いる」と回答。林芳正官房長官は過去の会見で「電磁波や素粒子などを検出して潜水艦を探知する機能の研究などを検討する」と説明している。

◆モデルはアメリカの「軍産複合体の中核」

 特徴的なのは外部登用の多さ。100人体制の半数を割く。防衛省・自衛隊の活動に変化をもたらす「ブレークスルー研究」を担うとして、102億円の予算を計上。非常勤、任期付き常勤職員を募っており、それぞれ時給4000〜6000円、月給最大80万円とする。軍事評論家の文谷数重(もんたにすうちょう)氏は「防衛装備庁は研究開発力が乏しく、人材も不足しているのが実情だ」と語る。

防衛省

 特徴は他にもある。新たな研究所のモデルは、米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)。その公式サイトによると、産官学の協働によって、軍事産業分野の革新技術の研究開発を実現する組織という。つまり、軍産複合体の中核ということになる。

◆「日本学術会議は反対してきた」

 新たな研究所の発足が導くものは何か。  「学術界や産業界との連携を強化し、軍事研究の領域を拡大する狙いがある」とみるのは独協大の西川純子名誉教授(米国経済)。「自民党政権が着々と進めてきた体制づくりだ。中核的な防衛計画の立案、実験を含む軍事技術開発に科学者が参画させられることになる。予算もたちどころに付くようになるのでは」と解説し、こう続ける。

日本学術会議

 「日本学術会議は反対してきたし、抵抗がある科学者は多かった。政府はそうした声を無視し、協力者を選別しながら、人材を集める道筋を作ってきた。先行きは非常に危うい」

◆「国と民間の橋渡し役を担わせたい狙い?」

 イノベ研究所の職員は今月19日まで募集している。2回の説明会を実施し、転職サイトも活用している。とりわけ目を引くのが、非常勤職員の「副業でもOK」とのうたい文句だ。  ハードルを下げてまで採用に動く背後には、この手の研究所に対する抵抗感があるようで、北海道大の光本滋教授(教育学)は「自由に研究対象を選べる大学とは異なる。研究成果が軍事方面に転用されることに違和感を抱く人は多い」と解説する。  軍事ジャーナリストの竹内修氏も同様の抵抗感を口にしつつ、こう見通す。  「もし優秀な人材が獲得できれば、国と民間の橋渡し役を担わせたい狙いがあるのだろう」

◆軍事研究の拡大は、外部の目が届かないままに

 防衛省のイノベ研究所が米国のダーパをモデルにする以上、軍事研究は拡大の一途をたどる懸念をはらむ。にもかかわらず、そうした状況に対して外部の監視が及ばない危惧がある。  2013年に成立した特定秘密保護法では、国の安全保障にかかわる情報を保全するとして、防衛▽外交▽スパイ防止▽テロ防止—の4分野をその保全対象にした。今国会で審議中の「重要経済安保情報保護法案」が成立すれば、産業経済分野にも拡大する。

重要経済安保情報保護法案などに反対して声を上げる参加者ら

 同法案を巡っては、そもそもどんな情報が機密指定されるか不明確で、政府の恣意(しい)的な情報隠しに利用されるのでは、という懸念がかねて指摘されてきた。  秘密保護法や経済安保に詳しい海渡双葉弁護士はこの法案に触れ、「新たな研究所が関係するような先端的な技術は機密指定される可能性が十分にある。指定されれば、情報にアクセスできなくなる」と危ぶむ。  国民が知らない間に進みかねない軍事研究の拡大。「専守防衛のくくりから逸脱し、憲法9条に違反するような殺傷能力の高い兵器など問題のある兵器が開発されることになっても、国民の側でチェックしたり批判の声を上げることは難しくなる可能性がある」  さらに「第2次安倍政権以後、軍拡の流れが進んできた。経済安保や、研究所もその延長線上にあり、さらに歯止めがかからなくなる恐れがある」と訴える。

◆自然科学分野の研究の衰えの一因に

 軍事研究の拡大は他にも危うさをはらむ。東北大の井原聡名誉教授(科学史、技術史)は「軍学共同の進展が大学や研究機関を荒らしている。この状況が進めば、日本の自然科学分野の研究レベルはどんどん衰えていくのでは」と述べる。

日米共同訓練に参加する自衛隊員と米陸軍兵士(資料写真)

 国立大学が法人化された04年以降、国から大学への運営費交付金は削減が続き、国が審査して交付する競争的資金へシフトしている。「大学の研究費は非常に劣化する一方、最近、国が巨費を投じている競争的資金の研究プログラムはどれを見ても、軍事技術につながるような内容で、研究者は資金難から、背に腹は代えられぬとやむなく応募する状況になっている」  その上で「研究というものは裾野が広いほど、山も高くなる。無駄と思えるような遊びのある研究から面白い成果が生まれる。ところが軍事に根差したテーマばかりに偏ると、いろんな可能性がつぶれてしまう。戦時中も多くが軍事研究に落とし込まれた結果、欧米の科学技術水準に大きく後れを取った」と解説する。

◆研究成果が「機密」にされたら…若手研究者にジレンマ

 それでも日本政府が軍事研究の拡大にまい進するのはなぜか。井原氏は「いまや兵器開発は一国だけでは賄えないので、米国は同盟国、同志国との分業を提案している。日本も技術貢献しようとしていることが背景にはある」とみる。  京都大の駒込武教授(教育史)は警鐘を鳴らす。「重要経済安保情報保護法が成立すれば、優れた研究成果を上げたとしても、軍事的な研究であれば、その成果の公開は制限される仕組みになっている。業績を示せなければ若手はポストを得られず、軍事分野にとどめ置かれる。政府が行っているのは『知の囲い込み』だ。公開性がないのは大問題で、こうした仕組みがおかしいと声を上げていかなければ、日本の研究力を落とすことになってしまう」

◆デスクメモ

 民間資源を軍事利用する「軍民融合」。ネット上で検索すると「中国の軍民融合」を危惧する内容が多く見つかる。「日米で対抗を」という訴えも。では「日本の軍学共同」は他国にどう映る。やはり危ぶまれ、「対抗を」とならないか。軍拡競争の先に明るい未来があると思えない。(榊) 

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