みなさん、こんにちは。先日、悲しい知らせがありました。ロシアのプーチン大統領から秋田県の佐竹敬久知事に贈られたオスのシベリア猫「ミール」が12月3日に死んでしまったのです。12歳でした。6月ごろから体調を崩していたといいます。秋田県が折に触れて公表するミール君の動画に癒やされていた一人として、弔意を表明します。
- 日ロ友好の証だったシベリア猫が天国へ 返礼の秋田犬は安否気がかり
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秋田県がメスの秋田犬「ゆめ」をプーチン氏に贈ったのは、2012年7月のことでした。東日本大震災の際にロシアから寄せられた支援へのお礼という趣旨でした。ミール君はプーチン氏からの返礼として、8月に日本にやってきました。当時、まだ生後約半年の子猫でした。
実はこのとき、大変な騒動が持ち上がりました。日ロ関係が悪化するのではないかと真剣に心配した関係者もいたほどです。
ミール君の留置と狂犬病
成田空港に着いたミール君は入国を許されず、1畳半ほどの隔離施設に約半年間も留め置かれてしまったのです。
留置の理由は、日本の厳しい動物検疫制度です。現在、近年狂犬病が発生していない6地域(アイスランド、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー諸島、ハワイ、グアム)以外から日本に犬や猫を持ち込む際には、原則として180日間空港で経過観察をする必要があるのです。
これを避けるためには、周到な準備が必要です。まず、犬や猫の体内にマイクロチップを装着します。さらに狂犬病の予防接種を2回受けさせます。そのうえで日本政府が認定する機関で狂犬病抗体を測定。十分な抗体値が確認された場合、採血日から180日以上経ってから日本に持ち込めば、空港に長期間留め置かれることなく、30分ほどで入国させることができるのです。農林水産省が指定する書類をそろえた上で事前に申請しなければならず、なかなか大変です。
こうした厳しい措置が必要となるのは、日本が世界でも数少ない狂犬病の「清浄国」だからです。万が一にも海外から持ち込まれた動物から狂犬病が広がってしまったら、取り返しがつきません。
ロシア側は、こうした日本の事情をまったく知らなかったようです。
私はロシアから日本に猫を持ち込んだことも、日本からロシアに猫を持ち込んだこともありますが、ロシアに持ち込む場合は、ほとんどフリーパスでした(※以上は、私が経験した範囲の話です。検疫制度は国や地域によって異なるうえ、しばしば変更されるので、その都度公的機関で確認してください)。
狼狽したロシア高官
プーチン氏がプレゼントした子猫が半年間も成田に留め置かれると知ったロシア側は、びっくり仰天したようです。日本を担当するロシア外務省の高官が、モスクワの在ロシア日本大使館にすっ飛んできたといいます。この高官、ふだん日本大使を呼びつけることはあっても、自分から日本大使館に来ることはほとんどなかったそうで、狼狽(ろうばい)ぶりがうかがえます。
高官は、いろいろな理由を挙げて、猫を直ちに入国させてほしいと頼み込んだそうです。
「プーチン大統領のプレゼントを即座に入国させないなんて前代未聞だ」
「大事に育てられた生後半年の子猫が狂犬病に感染しているはずがない」
いずれももっともな言い分ですが、日本側は「特別扱いします」と言うわけにはいきません。「書類さえ整っていれば、問題なく入国させられます」と答えるのが精いっぱいだったといいます。おそらく「形だけ書類をそろえてくれればなんとかできる」という含意だったのではないでしょうか。
しかし結局は前述のように、ミール君はほぼ半年間を成田空港で過ごすことになりました。この間、当時の駐日ロシア大使の妻やロシア大使館員が毎週成田空港に通って、その都度ミール君の健康状態をモスクワに報告したそうです。なにかあったら、本当に日ロ関係がぎくしゃくしていたかもしれません。
以上は、当時の状況を知る関係者から聞いた話です。
踏みにじられた「ミール(平和)」
ミール君が10歳の誕生日を迎えた一昨年2月、ロシアはウクライナへの全面侵攻を始めました。平和(ロシア語でмир=ミール)は、乱暴に踏みにじられました。日ロ関係も第2次世界大戦後最悪といってよい状況です。ロシアが一刻も早く無益な戦争をやめることを祈るばかりです。
その戦争の行方に大きな影響を及ぼすのが、次期米大統領に選ばれたトランプ氏です。
トランプ氏が欲する即時停戦が、ウクライナだけではなくロシアにとっても望ましいとは言えないシナリオだということは、前回のニュースレターで指摘した通りです。
11月30日には、安全保障面だけでなく経済分野でも、ロシアのトランプ氏に対する警戒感を高めるニュースが飛び込んできました。トランプ氏がSNSへの投稿で、中ロなどが参加する新興国グループ「BRICS」について、米ドルに頼らない「脱ドル」を進めれば加盟国に100%の関税をかけるという考えを明らかにしたのです。
- トランプ氏、今度はBRICSに「脱ドル推進なら100%関税」宣言
トランプ氏の投稿には、BRICSが共通通貨を創設しようとしたり、米ドル以外の通貨で貿易の決済を行おうとしたりする動きを阻止する狙いがあります。
米ドル依存脱却図るプーチン氏
しかし、基軸通貨としての米ドルへの依存から脱却することは、近年のプーチン氏の最優先課題です。
10月にロシアのカザンで開かれたBRICS首脳会議で採択された共同宣言には次のような一文が盛り込まれました。
「我々は、BRICS諸国とその貿易相手国との間の金融取引における自国通貨の使用を歓迎する」
米ドルやユーロを支払い手段としない貿易を増やそう、というのです。
中ロ間では、すでにこの動きが進んでいます。プーチン氏は今年5月に訪中した際の記者会見で「ロシアと中国の商取引の際に使われる通貨のうち、ロシア・ルーブルと中国人民元のシェアは90%を超えている」と胸を張りました。
- 【ジェトロのページへ】プーチン大統領が中国を公式訪問、依然として残る経済協力での課題
こうした取り組みの背景にあるのが、ロシアに対する経済制裁です。ウクライナへの全面侵攻を受けて、ロシアの主要銀行が世界の金融機関の国外送金業務を担う国際銀行間通信協会(SWIFT、スウィフト)から切り離されたことなどから、ロシアとの貿易は困難になっています。米ドルやユーロを銀行間で送金するためには、SWIFTを介する必要があるためです。
制裁の一環として、ロシア政府が保有する在外資産の多くが凍結されたことも、米ドルやユーロに依存することがはらむリスクを浮き彫りにしました。
トランプ氏の表明を受けて、プーチン氏は12月4日にモスクワで開かれた投資フォーラムで、以下のように主張しました。
「米国は自国の利益のために、ドルを用いて他国を搾取し続けている」
「米国と敵対する国に損害を与えるために、政治的だけでなく武力を伴う戦いの道具としても、ドルを利用している」
ビットコインを称賛
その上で、プーチン氏は対抗手段として、政府の統制が困難なビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)を称賛しました。
「ビットコインをだれが禁止できるだろうか。だれもできない」
「誰もがコストを抑えて信頼性を高めようとするのだから、ドルがどうなろうとも、こうした手段は発展していくだろう」
基軸通貨のドルを武器に持つ米国から好き勝手に制裁を科せられたくないという思いは、多くの新興国に共通しているでしょう。
軍事的にも経済的にも米国に首根っこを押さえられたくないロシアや中国と、「米国を再び偉大にする」と誓い、世界を従わせようとするトランプ氏のせめぎ合いが本格化するのは、来年1月20日の大統領就任式以降のことになりそうです。
- トランプ氏が大統領就任式に習氏を招待 米報道、応じるかは不透明
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