◆パワーバランスの呪縛は解かれ、そこにあったのは
故郷に帰ったような雰囲気だった。慣れ親しんだ刑務所で、顔なじみの刑務官たちとの再会を果たした後、男性と記者は刑務所の前で担当刑務官を待ち続けた。 数分後、少し小走りでやってきた刑務官。「本の寄贈でしょうか」と問いかけると、男性が一歩前に出て説明した。「私はここで、35年ほど服役しました」と切り出し、「この新聞記者に私の生涯を本にしてもらいました。服役している人にこそ読んでもらいたい。更生についてもっと考えてほしい。受け取ってください」。身体をくの字に曲げて頭を下げた。無期懲役をテーマに執筆した「服罪-無期懲役判決を受けたある男の記録」(論創社
「35年ほど」という数字に無期懲役受刑者だということは刑務官ならすぐわかる。法務省によると、この刑務所は無期懲役受刑者が半分以上在籍。人の命を奪うなどの罪で服役する人は7割を超える。 「名前を聞いてもいいですか」と刑務官。男性が本名を告げると、ピンときた様子で何度もうなずいた。「確かに受け取りました。ありがとうございました」と刑務官も同じ角度で身体を折り曲げた。 懲役刑の下、刑務官にとっては「管理」の対象だったはずの目の前の男性。仮釈放後は刑務官と受刑者のパワーバランスの呪縛は解かれ、そこには人間同士の自然な会話があった。◆仮釈放されたのは0.3%、10年で260人は塀の中で…
厳罰化で有期刑の期間が20年から30年となり、有期刑より重い無期刑で30年以内の仮釈放はまずない。長期拘禁による高齢化は深刻だ。法務省の資料で無期懲役判決を受けて仮釈放されたのは2022年でわずか6人。全体の1688人に換算すると0.3%に相当する。過去10年間で服役したまま亡くなった無期懲役受刑者は260人に上る。 帰り道、男性はつぶやいた。「刑務所の中はとても孤独だから。つながりを絶たれることが何より、更生の道を阻む。面会に来る親族や友人がいなくても、この1冊がいちるの望みになるなら。そういうことがないように、よりよい更生の道を歩んでほしい」。そして続けた。 「この日が来るまでずっと眠れなかった。でも届けられて心底ほっとしたよ。ありがとう」 しばらくすると、思い詰めた様子で、男性はしばし歩みを止めた。「もうひとつ、どうしても行きたい所があるんです。いいでしょうか」。生涯忘れられない場所だという。2人でその場所に向かった。(木原育子、次回は13日掲載予定) ◇ <コラム・社会福祉士 × 新聞記者>社会福祉士と精神保健福祉士の資格をもつ記者が、福祉の現場を巡って、ふと感じたことや支援者らの思い、葛藤等々を伝えていくコラムです。社会の片隅で生きる誰かのつらさが、少しでも社会で包んでいけるように願って。
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