知床世界自然遺産(北海道斜里町、羅臼町)の先端にある知床岬の携帯基地局整備計画が今月、凍結された。2022年の知床遊覧船の沈没事故を受け、国や地元自治体が圏外エリアの解消を目指して検討を進めていたが、環境への悪影響の懸念を払拭できなかった。合意形成の見通しは立っていない。計画策定に当たって、環境保護の観点での議論は尽くされていたのだろうか。(中川紘希)

携帯電話の基地局(イメージ写真。このエリアのものではありません)

 「地元の合意形成に変化があった。計画は凍結といっても中止といっても構わない」。総務省の担当者は21日、「こちら特報部」の取材に語った。  整備計画の契機となったのは22年4月、遊覧船が沈没し26人が死亡、行方不明となった事故だ。船は携帯電話を通信手段としていたが、航路の大半は通信エリア外。陸上との交信による状況把握ができなかったとされる。  地元では小型船でウニや昆布などの漁をする漁業者も携帯電話を用いており、安全性向上などのため圏外エリア解消を求める声が上がった。羅臼町は同年7月、斜里町は12月に国に通信環境改善を要望した。

◆自然保護団体、多くの太陽光パネルや蓄電池の設置計画に懸念

 国や地元自治体、通信事業者でつくる推進会議が23年4月に発足し、議論を開始。だが今年4月、約7千平方メートルの敷地に基地局を稼働するための太陽光パネル264枚や蓄電池などを置く大型事業の詳細が公表されると、自然保護団体などから懸念の声が高まった。  斜里町の山内浩彰町長は5月に「多方面から寄せられた自然環境や景観への悪影響を指摘、懸念する声を重く受け止め、いったん工事を見合わせる」とする声明を発表。さらに、知床の自然環境の保全のため研究者らでつくる「知床世界自然遺産地域科学委員会(科学委)」が、希少種オジロワシに関する調査不足を指摘し、再調査を求めた。

◆環境への不安拡大、開発への合意得られず

 こうした中で、推進会議が今月11日に開かれ、計画凍結が決まった。総務省の担当者は「公表前から町や関係団体に対して、計画の規模などの説明を重ね理解を得てきたつもりだった。地元に拠点がない団体などが報道を見て反対の声を上げたようだ。今後合意が得られた計画が出てくれば支援したい」と話した。  科学委の委員を務める北陸先端科学技術大学院大学の敷田麻実教授(エコツーリズム)は「世界自然遺産のステークホルダー(利害関係者)は地元だけではない」と指摘。「推進派だけで議論を進めてしまったことが問題で、反対派や第三者を交えた議論の場が必要だった」と述べた。

◆希少種オジロワシが営巣、「保護区の開発のあり方を考え直すべき」

 科学委にオジロワシの調査不足を指摘した東京農業大の白木彩子准教授(鳥類生態学)は「計画地の付近に営巣しているつがいが1組いて、生態調査をするには1年半以上の期間が必要だ」と話す。さらに「安全性向上のため、衛星電話やスターリンク(人工衛星を介した通信ネットワーク)配備などの手法もあるはずだ。なぜ基地局が必要で、発電方法は太陽光なのかといった点の検討と説明が不足している」と疑問視した。  この整備計画について、環境省は24年3月、希少植物の環境影響調査と景観影響の検討を基に自然公園法に基づく許可を出した。同省の対応について、白木准教授は「調査が不十分なのに許可を出したことは問題」とし「他の世界自然遺産や国立公園でも起きかねない。保護区の利活用の検討が各地で進んでいるが、開発事業のあり方を考え直すべきではないか」と訴える。 

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