埼玉県などで暮らすトルコの少数民族クルド人へのヘイトが激化している。ここへきて目立っているのが、クルドの子どもを狙った盗撮動画や画像の拡散だ。被害に遭った子どもたちは深く傷つき、トラウマ(心的外傷)の後遺症に苦しみ続けている。なぜ、子どもまでが攻撃されるのか。歯止めを失うクルド人へのヘイトの現状に迫った。(森本智之、池尾伸一)

◆瞬間の画像はなし、店は「万引の事実はない」と否定

 埼玉県川口市にある大手100円ショップ。9月下旬、店内の女の子を映した3秒ほどの動画が2本、X(旧ツイッター)に投稿された。  「クルド人の子供が平気で万引きしてるのをよく見かけます。店員に声かけられてもニホンゴワカラナイと言えば済むので今後どんどんエスカレートしていく事でしょう」

映像とともに、クルド人の女児が万引きしていると書き込まれたXの画像。現在アカウントは凍結=スクリーンショット、一部画像処理

 動画は隠し撮りだった。映像は無加工で、知り合いが見ればすぐに女の子が誰か分かった。あっという間に拡散され「犯罪者」「強制送還しろ」といった批判が続いた。  動画に添えた文章はまるで万引常習者のような書きぶりだが、動画の少女はただ陳列棚のそばを行ったり来たりしているだけ。万引の瞬間は映っていない。東京新聞は店の運営会社に投稿を示して万引被害について尋ねたが、広報担当者は「そのような事実は確認されていない」と否定した。

◆「クルド追放は義務」とする匿名アカ、批判受け凍結

 女の子は近くに住むクルド人の女児(4)だった。家族で買い物に来て、1人になった瞬間を狙われたらしい。10月上旬、家族が取材に応じた。  「動画を見た親戚や知り合いから何人も『あなたの娘では』と連絡があった。娘は何も取っていない。これまでに盗んだこともない。なんで勝手に撮るのか」と母親(41)は憤りを隠さない。

盗撮された4歳女児の家族=埼玉県川口市で

 投稿主は「クルド追放は川口市に住む大人達の義務」と自己紹介する匿名アカウントだった。その後、家族を知る支援者らからも「盗撮ではないか」「万引の証拠はない」といった批判がX上で相次ぎ、このアカウントは凍結された。  怒った家族は地元の警察署へ相談した。だが、家族によると、女児の顔がはっきりと映っていないことなどから事件化は難しいとの回答だった。父親(43)は「警察が動いてくれないなら、私たちではこれ以上どうすることもできない」とこぼした。

◆隠し撮り常習者はクルドの子が通う学校の保護者だった

 クルド人へのヘイトが始まったのは昨年春以降、ここ1年半ほどのこと。女児の中学3年の姉(15)は受験勉強の傍ら交流サイト(SNS)をチェックするのが日課になった。  ヘイト投稿のほとんどがXで「クルド人」で検索すると、「ばーっと出てくる」。妹を盗撮したデマ動画を見つけたのも彼女だった。「向こうはアカウントを消せばすむのかもしれない。でも、なんでうその情報をみんなに信じさせようとしているのか。めっちゃ腹が立つ」。そして言葉を継いだ。「盗撮されているのはうちの妹だけじゃない」

スマホをいじる手のイメージ(本文とは関係ありません)

 難民支援を続ける織田朝日氏は「街中などでクルド人を隠し撮りし、SNSにあげる例はいくらでもある」と証言する。実際「知らない人に突然、スマホを向けられた」と話すクルド人は少なくない。  織田氏は昨秋、投稿内容から隠し撮りの常習者を突き止め、直撃した。織田氏が支援したクルドの小学生が通う学校の保護者だった。「クルドの人たちは、いつ撮影されるか分からない環境にある」と訴える。

◆盗撮され、事実に反する説明がXに

 川口市に住むクルド人の小学3年の少女(9)も攻撃にさらされた。  「君の子どもがネットに載っているよ」。昨年夏、父親が知人の情報でXをみると、アパートのドアの前に少女と女性がいる写真があった。後ろ姿だが服などからわが子とすぐ分かった。クルド人非難を続ける男性のアカウント。こんな趣旨の書き込みをしていた。

小3少女らを隠し撮りした写真とともにXに投稿された男性の書き込みの画像。現在は削除=スクリーンショット、一部画像処理

 「クルド人の女の子も、男の子も、放置されて、平日からうろうろしてる。高確率で学校に行かなくなる。この子達も可哀想(かわいそう)」  少女は学校が大好き。病気以外で休んだことがないという。放課後に親戚とおしゃべりしているところが盗撮され、事実に反する説明がつけられていた。

◆学校大好きだった少女が…外で遊ぶのが怖い

 「あれから、いつも襲われるんじゃないかと怖い」。少女は放課後、友だちと外で遊ぶことも怖くなり家にこもる生活になった。学校の教室でも「外からだれか見ているのでは」と不安にさいなまれる。母親も昨夏以降は不眠に苦しみ「いつも頭が痛い」と悩む。家には監視カメラを付けた。

写真が拡散される被害に遭った小3少女の家族=埼玉県川口市で

 しかし警察はここでも動こうとしなかった。捜査を希望した家族を、警察は「実際の被害が出ていない」と「門前払い」にした。  ヘイトに詳しい神原元(はじめ)弁護士は「これが日本の子どもだったら大騒ぎになる。警察が捜査しないのはおかしい」と批判する。刑法の名誉毀損(きそん)罪や、埼玉県の迷惑行為防止条例違反の疑いがあるという。

◆民事裁判で勝っても報復ヘイトの標的に

 警察が動かなくても被害を受けた人が民事裁判を起こすこともできる。  小3少女の父親は在日クルド人でつくる日本クルド文化協会と連携し、男性のほかの投稿と合わせて損害賠償を求める民事裁判を起こした。だが、判決には何年もかかる上、被告が裁判で敗訴してもヘイト投稿をやめない可能性もある。  民事裁判では被害者がさらなる報復的なヘイトの標的になる懸念も。川崎市の在日コリアンへのヘイト問題裁判では昨年、「祖国へ帰れ」という言葉は違法な人種差別にあたると認定する判決が出たが、その過程では原告女性にネット上で多数の人から猛烈なヘイトコメントが浴びせられ、女性は新たな心の傷を負った。  ヘイト対策に取り組む師岡康子弁護士は「ヘイトをする人たちは、女性などマイノリティーで立場が弱い対象を選んで徹底攻撃してくる」と指摘。今回も「在留資格が不安定な人も少なくないクルドの人々、中でも最も弱い立場の女児が標的にされ、ひきょう以外の何ものでもない」と言う。

ヘイトの闇(イメージ写真)

 師岡氏は「民事裁判はお金も時間もかかるし2次被害も伴い、本来は被害者にこうした重い負担を負わせるべきではない」と指摘。「国が人種差別を法律ではっきり禁止し、悪質なものは犯罪として処罰すべきだ」と主張する。

◆国や自治体で実効性あるルール作りを

 国は2016年にヘイトスピーチ解消法を制定、「差別的言動は許されない」と前文で宣言した。だが、明確な禁止規定も罰則もなく、実効性は弱い。  自治体の役割も重要。川崎市は2019年にヘイトスピーチに刑事罰を科す全国初の条例をつくり、大阪市も審査会が加害者氏名を公表する条例を設けた。だが、埼玉県では、川口市など地元自治体も県も踏み込んだルールを作っていない。  日本クルド文化協会は弁護士らと相談しながらヘイト投稿などについて、発信者情報の開示手続きを進めている。神原弁護士は現行制度の不備を認めつつ「隠し撮りは明らかな人権侵害。1件ずつ法的措置を取っていく。いまできることをやる」と話す。  関東大震災後は朝鮮人による暴動などのデマが広がり、朝鮮人虐殺が起きた。  小3少女の父親は言う。  「ヘイト投稿を信じ、クルド人は悪いと思い込んだ人間が子どもたちに本当に危害を加えてくるのではないか。その時はもう遅い」

◆デスクメモ

 Xを筆頭に、SNS上には刺激的な言葉があふれる。ヘイトもデマも日常的。ブラジルでは司法判断でXが1カ月余り停止されたが、その間に利用者の約3割のメンタルヘルスが改善したとの調査を地元紙が報じた。心の平穏のためにもSNSとは適度な距離を取った方が良さそうだ。(岸) 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。