患者の女性が暮らす部屋の窓はすべて段ボールで目張り。風呂場や脱衣所も真っ暗にして手探りで入るという=茨城県内で(本人提供)
◆空間がゆがみ、体中に痛みが走る
「ホタルのような光を1秒見ただけでも、数日間、生死をさまようほどの苦しみになる」。茨城県内に住む患者の女性(34)が取材に応じ、主治医のスマートフォンに音声データを寄せる形で症状を伝えてくれた。 発症は3年前。経験したことのない激しい目の痛みで、パソコンの画面が見られなくなった。薄暗い部屋でも一度目を開けてしまうと、空間がゆがんだように感じ、体中に痛みが走る。 段ボールで目張りした真っ暗な部屋で、目をつむって過ごす日々。5歳と3歳の娘たちとは別居せざるを得ず、月に1~2回、アイマスクを着けて家族と食卓を囲む。今年に入ると、音に対しても耐え難い痛みを感じるように。支えだった娘たちとの電話もできなくなり、自殺を図るほど精神的に追い詰められた。「眼球使用困難症候群」を命名した若倉雅登医師(本人提供)
◆受診しても病名が付かず、たらい回しに
同症候群の呼称を提唱した井上眼科病院(東京都千代田区)の若倉雅登(まさと)名誉院長によると、原因は完全には解明されていないが、感覚をつかさどる脳の誤作動とみられる。治療法は見つかっておらず、「考えられる要因を除いて生活し、自然回復力に期待するしかない」のが現状だ。 全国の患者数は国も把握しておらず不明だが、若倉さんのもとには20年間で延べ約2万人が訪れた。台湾や韓国からも患者が来る。職場や社会の理解は乏しく、仕事を続けられないなど患者らの苦しみは尽きない。その上、「医者にも認知が進んでいない。目薬の処方などで済まされてしまう」と若倉さん。受診しても病名が付かず、たらい回しにされるケースが多い。 さらに患者を苦しめているのが、公的支援をほとんど受けられないことだ。視力と視野で障害の有無や程度を判断する現行の制度では、視覚障害と認定されず、外出の介助支援や就労支援などの障害福祉サービスを受けられない。「欧米では『高度の羞明(しゅうめい)(まぶしさ)』といった生活に支障が出る症状があれば、障害認定や福祉サービスを受けられる」と、若倉さんは指摘する。「眼球使用困難症候群」の呼称を提唱した若倉雅登医師(本人提供)
◆医学的観点からの調査研究が始まるも…
支援を求める患者らの要望を受け、厚生労働省はようやく2020年度から若倉さんを座長とするワーキンググループを設置し、障害者総合福祉推進事業として実態調査を開始。すると「仕事ができないことへの社会保障がない」「外出や家事の支援がない」「社会的に孤立している」といった切実な声が集まり、回答した患者の7割は障害認定を求めた。 22年度からは医学的観点からの調査研究を始めた。3カ年計画で本年度は最終年度だ。ところが、同省障害保健福祉部の担当者は、診断方法も支援策も「検討中」と説明。診断の客観性を担保する必要があるとし、明るいところで目を開けないこの病の制約を乗り越えられず、道筋は見えないままだ。 患者を支援するNPO法人「目と心の健康相談室」の荒川和子理事長は「研究が進み、苦しんでいる人たちが一人でも多く社会復帰して救われることを望んでいる」と訴えている。 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。