「エムポックス」という耳慣れない感染症について、世界保健機関(WHO)が緊急事態を宣言した。重症化しやすいタイプのウイルスが主にアフリカ中部で拡大している。最近まで日本では「サル痘」と呼ばれていたこの病気。感染拡大を防ぐにはどうすればよいのか。 (宮畑譲)

◆アフリカで500人以上が死亡

 「コンゴ(旧ザイール)におけるエムポックスの流行は急速に進展しており、緊急な状況です」

エムポックスウイルスの電子顕微鏡写真(出典:「エムポックスとは」国立感染症研究所ウェブサイト)

 同国で活動する国際NGO「国境なき医師団」のジャスティン・エヨン医師はウェブサイトなどを通じてこう訴える。今年、アフリカで1万5000件以上の感染が判明、500人以上が死亡した。より重症化しやすいタイプの「クレード1」が流行しているという。  14日、WHOのテドロス事務局長が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言。エムポックスを巡るWHOの緊急事態宣言は2022年7月以来、2度目となる。  15日には、スウェーデンでクレード1の感染者が確認されたと発表された。アフリカ以外でクレード1の感染が確認されるのは初めて。タイプは不明だが、16日にはパキスタン、19日にはフィリピンでも感染者の確認が発表された。

◆日本政府も対策会議「適切に対応していく」

 日本でも16日、関係省庁による対策会議が開かれ、出入国者への情報提供や注意喚起の実施を確認した。厚生労働省の担当者は「新しい知見を踏まえて、適切に対応していく」と話す。

厚生労働省

 日本でエムポックスの患者が初めて報告されたのは2022年。以降、今月16日までに248例(今年は15例)が確認されている。厚労省によると、クレード1は確認されていないという。

◆発熱、発疹…感染経路は飛沫、接触か

 エムポックスの症状は、発熱や頭痛の後、顔面や手足などに発疹、水膨れができる。大抵は2〜4週間で回復するが、小児で重症化することが多い。人から人への感染は飛沫(ひまつ)や接触感染が中心と考えられている。  「サル痘」(英語でモンキーポックス)の名は1958年、デンマークで研究用に飼育されていたサルから初めてウイルスが発見されたことにちなむ。しかし、誤解や差別を招きかねないとして、WHOは2022年、名称を「エムポックス」(エムはモンキーの頭文字)に変更するよう推奨した。  実際、自然宿主ははっきりしないものの、サルではなく、アフリカに生息するネズミなどの齧歯(げっし)類が疑われている。1970年にコンゴで初めて人への感染が確認された。

◆有効とされる天然痘ワクチンは「どこの国も多くない」

 収束に向けて鍵となるのはやはり、ワクチンだ。しかし、流行地では十分に供給されていない。

新型コロナウイルスの感染拡大時には、各地にワクチン接種会場が設けられた(写真と記事は直接関係ありません)

 前出のエヨン医師は「コンゴで入手できるワクチンは極めて限られているため、普及に関する国家戦略計画は既に大幅に後退している」と指摘。さらに、「ワクチンへのアクセスが改善されなければ、何千人もの人々が無防備のまま放置される可能性がある。あらゆる手段を早急に講じる必要がある」と強調する。  エムポックスは天然痘ワクチンが有効とされるが、天然痘は既に撲滅されている。そのため、東邦大の舘田一博教授(感染症学)は「天然痘ワクチンの数はどこの国もそれほど多くない。専用ワクチンの開発が臨床段階まで進むのを待つしかないのではないか」と厳しい見方を示す。日本国内でも水面下である程度、感染が広がっているとみるが、感染力や致死率は極端に高くないため、疑わしい症状があれば早めに検査を受けつつ、冷静に対応するように呼びかける。  「新型コロナウイルスと同じように街中で感染するわけではない。症状を見逃さないことを医療現場で徹底し、病原性が高いウイルスが国内に入らないよう水際対策をすることが大切だ」 

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