日本百名山の一つ、伊吹山(1377メートル)の南麓で土砂崩れが相次いでいる。現場がある滋賀県米原市によると、この事態を招いた背景の一つに「シカ」の増加が考えられるという。一体、なぜなのか。他の地域は大丈夫かという疑問も湧く。どう手を打つべきか。(西田直晃)

◆草木を食べ尽くされ荒れ地に

道路にたまった土砂=2日、米原市伊吹で

 米原市の伊吹山麓にある住宅街では、今月1日を皮切りに計3度の土砂崩れに見舞われた。市災害対策本部によると、死傷者こそ出ていないが、2度にわたって土砂が流入した家屋もあるという。  この災害の遠因にニホンジカの増加がある。市によると、伊吹山頂の南斜面に当たる市域には約600頭が生息する。担当者は「10年ほど前から増えたシカが伊吹山の高山植物を食べ尽くしたので、土の保水力がなくなった」と説明する。ススキやコクサギといった草木がなくなり、荒れ地になった山肌の土砂が豪雨で流出しやすくなった。

◆温暖化…積雪が減り増加に拍車

 食害を防ぐための対策、失われた草木を再生する取り組みは続けていた。昨年度のニホンジカの捕獲頭数は従来の倍の200頭で、本年度の目標はさらに増やした300頭。侵入を防ぐアーチ状の獣害ネットなども試験導入し、植生回復の態勢を整えてきた中での被害だった。

伊吹山で群がるニホンジカ=滋賀県米原市で(同市提供)

 「温暖化で冬季の積雪量が激減し、シカは生息しやすい環境になった。全国的に狩猟者も減っている」と声を落とした担当者。「正直、捕獲が追い付いていない」と続けた。  この事態は伊吹山に限った話ではない。

◆奥多摩町でも土砂が流れ出す

 「シカの食害に伴う小規模な土壌浸食は各地で発生し、対策の必要性は10年以上前から唱えられてきた」と解説するのは、岐阜大野生動物管理学研究センターの鈴木正嗣教授。「シカの繁殖率は高く、年に約2割を捕獲しなければ生息数が減ることはない」という。  東京都では、2004年に奥多摩町の造林地でシカの食害が起き、表土がむき出しになった土砂の流出が森林の一部を破壊した。その後は目立った被害はないが、シカの分布域は多摩地域で拡大しており、依然として食害が確認される。

伊吹山で群がるニホンジカ=滋賀県米原市で(同市提供)

 鈴木氏は「人が暮らす集落近くで発生する農業被害と比べ、草木の食害はシカの生息域で発生するため、広範囲かつ、斜面のような足場の悪い場所での対策が必要となる。捕獲柵を用いるにしても、破損時のメンテナンスも大変で、非常にコストがかさむ」と対策の難しさを指摘する。

◆危機意識の差が災害につながる

 さらに、山林特有の難点も指摘。「1年周期で収穫する農作物と異なり、長期的スパンの山林の被害は見えにくい」と語り、「山林の被害防止には捕獲の重要性が高いが、社会全体の認知度が不足している。対策も自治体任せで、危機意識の差が災害発生につながりかねない」と危ぶんだ。  国は既にニホンジカなどの野生鳥獣による被害を減らすため「保護から管理へ」と捕獲の重要性を打ち出しているが、高知大の依光良三名誉教授(森林環境学)は「銃猟はハードルが高く、大型捕獲柵を用いるなど、自治体や市民グループが地道に個体数を管理するしかない現状だ。加えて、植生回復の取り組みを地道に続けることが重要。簡単に答えが出る問題ではない」と話す。 

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