寄付額の最大約9割が法人税などから軽減される「企業版ふるさと納税」。その制度を使って福島県国見町に寄付した企業グループが、寄付を原資にした事業で還流を受けた疑いが持たれている。町議会が設置した調査特別委員会(百条委員会)は10日に報告書を公表し、公平性に疑問をぶつけた。やりようによっては企業本位でねじ曲げられかねないこの制度。継続していいのか。(山田祐一郎、岸本拓也)

企業版ふるさと納税 正式名称は「地方創生応援税制」で、2016年度に始まった。企業が、自治体の地域活性化事業に寄付すると、寄付額の最大約9割が法人税などから軽減される。東京23区など財政が豊かな自治体や、企業の本社が所在する自治体には寄付できない。

百条委員会による調査結果について、委員長の佐藤孝町議の報告を聞く引地真町長(右)=福島県国見町で

◆百条委員会で疑惑を追及

 東京新聞「こちら特報部」は10日、福島県最北に位置する国見町を訪れた。この日、臨時町議会が開かれ、百条委の報告書が公表されるためだ。約30ある傍聴席は記者と住民で埋まった。  「公正であるべき業者選定が、特定企業に誘導することを視野に進められ、入札妨害の意図も疑われる」。「企業版ふるさと納税」を利用した町の高規格救急車リース事業を巡り、報告書には厳しい言葉が並んでいた。「寄付企業の節税対策に町が利用されたとの疑いを禁じ得ない」「町民全体の財産を無駄に使用した一種の背任」  報告書などによると、町は2022年、企業版ふるさと納税で、企業3社から匿名の形で計4億3200万円の寄付を受けた。この寄付を原資に、町は高規格救急車のリース事業を計画した。町が高性能の救急車を所有し、民間企業を通じて他の自治体に貸し出すという内容だった。  ところが、河北新報の報道などで、寄付金が還流する構図が浮上した。

◆DMM.comとそのグループ企業が匿名寄付

 匿名で寄付したのはIT大手DMM.com(東京)とそのグループ企業と判明。リース事業は防災用食品製造会社「ワンテーブル」(宮城県多賀城市)が22年12月に受託したが、救急車12台の製造をDMM子会社の「ベルリング」(東京)に発注していた。  事業は中止に追い込まれ、12台の救急車は町が寄付金で買い取った上で、全て県内外の消防や病院に譲渡された。  町議会は職員と企業が結託した官製談合の疑いがあるとして、昨年10月以降、地方自治法100条に基づく調査委員会を立ち上げて調査していた。

◆事業の公募に応じたのは1社だけ

 報告書は、ワンテーブルの受託を巡る不透明さを指摘した。町の公募に応じたのは同社のみ。この際、町が使った救急車の仕様書作りに同社が関わったとみられ「入札に見せかけた実質的な随意契約と考えるのが相当。公正公平な入札ではなかった」と結論づけた。  さらに「町の常識が町民の持つ一般常識とは天文学的に乖離(かいり)している」と指弾。「速やかな決断がされるよう強く求める」と引地真町長に事実上、辞職を迫った。

臨時議会後の記者会見で「国は企業版ふるさと納税制度の見直しを」と訴える佐藤孝町議(右から2人目)

 臨時議会後、百条委委員長の佐藤孝町議は福島市内で記者会見した。百条委が提出を求めた関係資料が廃棄されていたなど町側の対応を批判。「ここまで町役場が腐っていたのかと驚いた」と言葉に怒りを込めた。将来的な関係者の刑事告発についても「検討する」とした。その上で、企業版ふるさと納税制度について「匿名による寄付を認めているから今回のようなことが起こりうる。国は制度のあり方を考え直すべきではないか」と訴えた。

◆「うまい話にのせられた」あきれる住民

 引地町長は「町は第三者委員会を組織し有識者に検証してもらっている。その報告書が町に提出され次第、町議会の報告書とともに法令、規則等に基づき必要な対応をする」とのコメントを発表。「こちら特報部」はワンテーブルとDMMにも見解を求めたが、期限までに回答はなかった。  議会の傍聴者らはすっきりしない様子だった。男性(70)は「人口8000人の過疎の町がこんな問題で注目されるのはさみしい。そもそも町が救急車で金もうけしようというのがおかしい」。吉田利春さん(69)は「問題の背景には町民の町政への関心の低さがある。議員側もなぜ事業提案段階で止めることができなかったのか」と嘆く。

福島県国見町が買い取り、宇都宮市内で保管されていた救急車=宇都宮市で(昨年8月撮影、国見町議会事務局提供)

 町内を巡ると、東日本大震災の被害が今も残る。壊れた体育館は解体され、更地となったまま。雑貨店を経営する大内勝美さん(84)は「広報紙で多額の寄付が町にあったと知ったときは、体育館とか子どもや高齢者のために使ってもらえると思ったんだけど。町が使わない救急車を開発してどうするんだべか…」とあきれる。「うまい話にのせられちまったんだな」

◆寄付額が1.5倍の341億円に

 企業版ふるさと納税を所管する内閣府によると、2022年度の寄付額は前年度比約1.5倍の約341億円と、制度の始まった16年度以降で最高となった。  制度開始当初の寄付額は年20億〜30億円と低調だった。政府は20年度の税制改正で税額控除の割合を引き上げ、最大で寄付額の約9割を法人税などから軽減できるようにした。同時に、自治体が寄付を受けるために必要な「地域再生計画」の認定などの手続きを大幅に簡素化。寄付は急増した。  「9割軽減」を含めた優遇措置は24年度末が期限で、全国知事会などは延長を求めている。しかし、国見町で不適切な事案が発覚したことで、5月の国会で、他の自治体を含めた実態の解明や規制強化を求める声が野党から上がった。  自見英子地方創生担当相は12日の記者会見で「国として透明性、公正性を担保する観点から、寄付実態の把握などの方策を検討したい」と、制度のあり方を議論する考えを示した。

企業版ふるさと納税を利用した事業を巡って揺れる福島県国見町

◆癒着防ぐ仕組みに抜け道が

 企業版ふるさと納税に詳しい近畿大の鈴木善充教授(財政学)は「透明性を高める方向に制度を改善する必要がある」と説く。「たまたま国見町では企業名が明らかになったが、(匿名寄付を認める)性善説に立った現行制度では、企業名を隠されると外から検証できない。寄付文化を醸成する観点でも企業名の公開が望ましい」  内閣府令は、寄付先との癒着を防ぐため、自治体から寄付企業への「経済的見返り」を禁じる。しかし、寄付企業やその関連会社が事業を受注しても、入札などの公正なプロセスを経ていれば、「経済的見返り」には当たらないというのが内閣府の見解だ。  一橋大の佐藤主光教授(財政学)は「何をもって公正なプロセスとするのかが判然とせず、ある意味で、抜け道を認めているようなもの。寄付企業や関連企業が、寄付先と直接的な契約を結ぶことには規制をかけた方がよい。企業が事業を受注したいなら、寄付の枠組みではなく、官民連携の街づくり事業としてやればいいだけの話だ」と話す。

◆認定手続きの簡素化、弊害を懸念

 事業の認定手続きの簡素化による弊害も懸念されるという。以前は企業から寄付を募るには、自治体は個別事業ごとに国の認定を得る必要があったが、簡素化で自治体は具体的な事業を決める前から、寄付を募ることが可能になった。  先の鈴木氏は「寄付金を出す企業の意向に左右され、自治体の自由意思をゆがめかねない制度上の穴ができてしまった」と制度の欠陥を指摘する。「ゆがみを是正し、合わせて悪質な事例を国が取り締まる監視機能の強化も必要だ」

◆デスクメモ

 「超絶いいマネーロンダリング(資金洗浄)」。国見町の問題を巡り、そんなワンテーブル前社長の発言も報じられた。控除割合を上げたら寄付額が急増したようだが、企業が一斉に利他の心に目覚めるわけもなく、節税のうまみが増したからだろう。制度の根本から考え直すべきだ。(北) 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。