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障害者の住まい 施設やグループホームに入れず待機 NHK調査
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待機している障害者の親子は
障害者の住まい 施設やグループホームに入れず待機 NHK調査
自宅などで暮らす障害のある人は、国の推計で全国で600万人を超え、障害者手帳の保有者別では身体障害者が415万人、知的障害者が114万人、精神障害者が120万人となっています。
このうち知的障害者は、親と同居している割合が6割以上と、身体障害や精神障害がある人と比べて割合が高く、介護を担う親の高齢化に伴って自宅での生活が困難になるおそれがあるとされています。
これまで障害者向けの入所施設やグループホームの待機者について全国的な調査は行われておらず、今回、障害者のある人の住まいの現状についてNHKが専門家と共同で、アンケート調査を行いました。
全国のすべての都道府県と市町村それに東京23区を対象として、47都道府県と全体の40%余りにあたる696の市区町村から回答を得ました。
それによりますと、▽入所施設の利用を希望しながら待機状態にある人が全国に少なくとも延べ2万309人、
▽グループホームの利用を希望しながら待機状態にある人が少なくとも延べ1910人いることがわかりました。
待機者の7割以上は知的障害者でした。
待機者の中には、親の高齢化や病気などで直ちに入居したいと希望している人のほかにも、将来、自宅で介護できる人がいなくなったときに備えて申し込んでいる人もいるとみられています。
さらに各自治体に待機者が生じる理由などについて尋ねたところ、特に重度の知的障害者が利用できる住まいの不足を訴えるところが多く、受け皿となるグループホームが足りていないとか、専門的な介護のスキルを持った人材が不足しているといった意見が目立ちました。
待機している障害者の親子は
障害のある子どもと同居している親の中には、みずからが高齢になり、子どもの将来を考えて「入所施設」の空きを待ちながら過ごしている人もいます。
福岡市に住む石橋益美さん(65)は重度知的障害や自閉症のある息子の法幸さん(39)と68歳の夫の3人で自宅で暮らしています。
法幸さんは気持ちが不安定になると大声をあげるなどの行動が出る「強度行動障害」です。
こだわりが強い面があり、自宅では気持ちが落ち着くよう30年以上使い続けているパズルをするなどして過ごしています。
食べ物がのどに詰まらないよう、一口大に切ってあげるなど、生活全般で介護が欠かせません。
このほかてんかんの発作が現在も月に10回以上あり、入院が必要になることもあるなど医療的なケアが必要です。
その一方で法幸さんは人見知りしないやさしい性格で、近所の人からは「のりくん」と呼ばれて愛されてきたといいます。
益美さんは、40年近くの間、毎日のように一緒に公園に散歩に出かけるなど、寄り添い続けてきました。
しかし、これまでどおり自宅で法幸さんの暮らしを支えることは難しくなってきています。益美さんは高齢になり、脳の手術の後遺症や腰痛にも悩まされ、体力的な衰えを感じています。
将来、自分が面倒をみることができなくなったときに備え、法幸さんが安心して暮らせる住まいを探していますが、重度の知的障害がある人も受け入れている福岡市内の入所施設やグループホームはいずれもいっぱいで空きがないということです。
入所施設の「待機者リスト」に載せてもらったものの、施設からは入所のめどは伝えられておらず、法幸さんの住まいを見つけられるのか不安を感じています。
益美さんは「息子の場合は最重度の障害と病気という2つの側面があるので、『誰でもいいから託したい』とはなりません。重い障害があっても受け入れてくれる施設はどこも空きがなく、息子が暮らせる場所が本当にあるのか心配です。知人の中には自宅から離れた県外の施設に入居したという人もいますが息子と会えなくなるのも寂しいです。できれば自宅の近くに利用できる住まいができてほしいです」と話していました。
国は施設から地域へ移行の方針
障害者が暮らしている場所としては自宅のほかに、身近な地域のアパートや住宅などで少人数で暮らす「グループホーム」、比較的大規模な施設で集団生活を送る「入所施設」などがあります。このほか病院に入院している人もいます。
国は「障害者総合支援法」や国連の「障害者権利条約」に基づいて、障害のある人が、身近な地域で暮らせるようにするという方針を掲げ、「入所施設」から「グループホーム」などへの移行を進めています。
「入所施設」については、定員数を段階的に減らす方針を示していて、ことし3月の時点で全国の「入所施設」の入所者はあわせて12万3000人余りと5年前に比べて5300人余り減少しました。
これに対し、「グループホーム」の入居者はあわせて18万7000人余りとこの5年間でおよそ6万5000人増えています。
一方、各自治体によりますと、障害者の自宅以外の暮らしの場に対するニーズは、近年、急速に高まっているといいます。
厚生労働省が入所施設や病院以外の、自宅やグループホームなどで暮らしている「在宅」の障害者について、ことし5月に公表した調査によりますと、知的障害がある人については、おととしの時点で推計で114万人とその6年前に比べておよそ18万人増加しました。
医療の進歩で平均寿命が延びたことなどが理由で増加しているとみられていて、40歳以上の知的障害がある人の数は42万人と2000年と比べて5倍以上になっています。
また、全体の64%が親と同居しています。
自宅で介護にあたってきた親の高齢化も進んでいて、自治体などによりますと子どもの将来を考えて自宅以外の暮らしの場を求める人が増えているということです。
【アンケート調査の概要】
アンケート調査は、ことし2月から5月にかけて全国47都道府県のほか、能登半島地震で大きな被害を受けた6市町を除く、全国の市町村と東京23区のあわせて1735市区町村を対象にNHKが専門家と共同で実施しました。
このうち、すべての都道府県と、市区町村の40%余りにあたる696自治体から回答を得ました。
“待機障害者”把握進まず
調査では、自治体が“待機障害者”の全容を把握しきれていない実態がわかりました。
入所施設では32の都府県と479の市区町村が待機者の有無を「把握している」と回答した一方で、グループホームの待機者の有無を把握しているのは8つの県と259の市区町村にとどまりました。
調査では入所施設やグループホームの利用を希望しながら待機している人数の一端が明らかになりましたが、そもそも、入所施設の待機者数を把握していないと答えた自治体が3割を超えました。
また、待機者の調査方法について尋ねたところ、都道府県では直接、施設から待機者数の報告を受けているところや市区町村に対して問い合わせているところがあったほか、市区町村では施設から報告を受けているところや、ケースワーカーが各家庭を訪問した際に利用の必要性を判断して待機リストを作成しているところもあり、把握方法にもばらつきがあることもわかりました。
自治体からは“環境整備の課題” 指摘する声
また、調査の自由記述欄では、多くの自治体から課題を指摘する声が聞かれました。
障害者の暮らしの場をめぐる課題を尋ねたところ、市区町村の担当者からは「国の方針に沿って障害者の入所施設からグループホームへの移行を進めているが、障害が重い方の受け皿が足りないので、地方自治体や民間事業者の負担ばかりが増している」とか「グループホームが多く作られても、重度の障害に対応できる専門性がなく、受け入れられないという事業所がほとんどなので、入居先が見つけられない方が多くいる」など、重度の知的障害者の暮らしを支える環境が整備されていないという内容が目立ちました。
さらに、知的障害のある人が利用できる暮らしの選択肢が十分確保されているか尋ねたところ、「確保されていない」が41.1%にのぼり「確保されている」としたのは10.1%にとどまりました。
一部の自治体では調査 大阪府では
入所施設やグループホームの待機者がどのくらいいるのか、一部の自治体では調査を始めています。
大阪府は去年8月、大阪市を除く府内の市町村を対象に入所施設の待機者について初めて実態調査を行いました。
それによりますと、去年3月末時点で府内の待機者1077人のうち9割以上の1009人が知的障害がある人で、待機の期間は半数以上が5年以上にのぼっていました。
待機している障害者のうち自分を傷つけるなどの行動が見られる「強度行動障害」の人は全体の57%と、障害が重く支援に人手や専門のスキルが求められる障害者が多くなっています。
専門家「行政は待機者の状況を調査し早急に対策検討を」
NHKと共同で調査を行った障害福祉に詳しい佛教大学社会福祉学部の田中智子教授は「障害のある人たちが医療の進歩で、長生きできるようになったことは喜ばしいことだが、家族の高齢化が進む中で重い障害にも対応できる住まいは十分に足りているとは言えない状況だ。今回の調査で明らかになった待機者は、こうした住まいの不足や将来への不安を象徴した人数だと考えられる」と話していました。
また、「待機者を把握するということは障害者がどのような生活をしているかという実態を把握することとイコールだと思う。今回の調査では自治体ごとに待機者の把握方法が異なっていることもわかったので、まずは待機者の定義を国が統一的に示し、それに基づいて具体的に市町村が待機者数を正確に把握していくことが求められる」と指摘したうえで、「障害者が希望する暮らしができる選択肢をまずは確保したうえで、重度の障害者も託せるよう、報酬を引き上げたり研修を充実させて人材を確保したりしていく必要がある」と話していました。
100人超える待機者がいる施設は
福岡市南区の障害者向けの入所施設「かしはらホーム」では、現在、100人を超える待機者がいて介護を担ってきた親が亡くなったり、グループホームの利用を断られたりした障害者の入所希望が相次いで寄せられています。
この入所施設では重度の知的障害がある人など49人が暮らしていて、集団生活でもプライベートな空間が確保できるように、全員に個室を設け、職員が24時間体制で支援にあたっています。
障害者の高齢の親などから入所の申し込みが相次いで寄せられていますが、なかなか空きが出ず、ことし4月時点で、114人が待機しているということです。
待機者の中には、同居している親が80代以上だったり、両親のうち1人が亡くなったりして、自宅での生活が困難になっている緊急性の高い申し込みもありますが、断らざるを得ない状況だということです。
また、ここ最近は、グループホームに一度は入居できたものの、他の入居者をたたいてしまうなどして退所を求められ、次の住まいが見つけられずに、申し込んでくる人もいるということです。
入所施設を運営する社会福祉法人はこうした障害者のニーズに応えようと、市内でグループホームを5か所運営していますが、いずれも満員の状態だということです。
重度の障害者でも利用できるグループホームを増やそうとしても、人手不足が続いていて、ニーズを満たせるだけの支援体制を整備するのが難しいといいます。
施設長を務める小川玲子さんは「今すぐに入所したいという緊急性の高い人でも断らざるを得ない状況で、とても心苦しく思っています。地域で暮らせる環境を整えたいですが、支援できる職員を確保することは難しいのが現状です。地域の資源はまだまだ不足しているので、家族が安心して『託したい』と思えるような施設を増やしていかなければならないと思います」と話していました。
自治体も対応に苦慮
障害者が入所施設やグループホームに入れずに待機している問題への対応に自治体も苦慮しています。
東京・世田谷区は、ケースワーカーが障害者の暮らす家庭を訪問をした際に、入所施設やグループホームへの入居希望や生活の状況を把握し、定期的にまとめています。
区によりますとことし3月時点で、入所施設への入所を希望し待機している人が123人、グループホームへの入居を希望し待機している人が151人で、両方に申し込んでいる人を含めあわせて延べ274人が待機しています。
待機者の中には、同居する親が高齢になるなどしてできるだけ早く施設に入所したいという人のほかにいますぐではないものの将来的には入所したいと考えて待機している人もいるということです。
都市部では、高い土地代が整備を進める上での課題になっているとして、世田谷区は公用地を福祉事業者に貸したり、グループホームの家賃の一部を補助する制度を設けたりしているほか、区民に空いた土地や建物の提供を呼びかけるチラシを作るなどして、グループホームの設置を後押ししています。
ことし1月には世田谷区が公有地を福祉事業者に無料で貸す形で重度の知的障害がある人が利用できるグループホームがオープンしましたが、10人の定員に対して100人を超える入居希望が寄せられ、ニーズの高さがうかがえました。
しかし、重度の知的障害がある人が生活できるグループホームを整備するには、一定の広さやバリアフリーなどの設備が必要で費用がかかるほか、重い障害の人に対応できる専門的なスキルを持つ福祉人材を施設側が確保することも難しく希望を満たせるだけの住まいを整備できる見通しは立っていません。
世田谷区障害施策推進課の宮川善章課長は「重度の障害者を含めて入所施設やグループホームを希望する方に対して十分な支援をできるような体制づくりや環境の整備がまだまだ至っていないと感じている。グループホームや1人暮らしなど、障害者が地域で暮らすための専門的な知識を持ったスタッフをどうそろえて、一貫したサービスや支援を提供していけるかが大きな課題だ」と話していました。
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