<裁かれる差別 7.3 強制不妊訴訟最高裁判決>①  「戦後最大の人権侵害」と言われる強制不妊手術を巡る訴訟で、最高裁が7月3日、初めての判決を言い渡す。被害の実態や背景にある問題を当事者らの証言から迫る。    ◇   ◇    

手術を受ける前の子ども時代の写真を見つめる鈴木由美さん=神戸市で

◆12歳、思い出す手術台の恐怖

 大きなライトに照らされた手術台。枕元にはきらきら光るメス、はさみ。周りには白衣姿の医師。恐怖で泣き叫ぶと、おわん型のマスクをつけられ、意識を失った。その時の光景は、今も目に焼き付いている。  旧優生保護法下で不妊手術を強いられたのは違憲だとして、国を訴えている訴訟の原告の鈴木由美さん(68)=神戸市=が手術を受けたのは1968年3月。12歳だった。  脳性まひのため、生まれつき手足が不自由。幼い時は祖母が手製の乳母車に乗せて散歩に連れて行ってくれた。だが、だだをこねる子どもを連れた女性に「あんな子になるよ」と指をさされ、「病気がうつる」と言われたことも。祖母は徐々に外に連れ出してくれなくなった。

◆「ママはあんたのためにしたんやで」家族への怒りと絶望

 12歳になると、母親に「入院する」と言われた。手足が動くようになるのかと期待した。手術後、病室で目を覚ますと、下腹部に皮膚が突っ張るような痛みがあった。縦に伸びる1本の傷があったが、看護師も家族も説明してくれない。手足は動かないままだった。  16歳で生理が来ないと気づき、手術との関係を疑った。祖母は「ママはあんたのためにしたんやで」と悲しそうな表情を浮かべるだけ。徐々に子どもをつくれない体になったと理解した。  手術後、恐怖を思い出しては体の硬直やけいれんが起き、起き上がれなくなった。「寝たきりで子どもを産めずに人生が終わるのか」。家族への強い怒りと絶望感に襲われたが、どうすることもできなかった。

◆奪われた青春と夢 「国は誤りを認めて謝罪を」

 リハビリを重ね、手術から20年後に体を起こせるようになり、40代で1人暮らしを始めた。98年、ボランティアで介助してくれた男性と結婚。手術のことは伝えていたが男性の母親が「結婚は子孫繁栄のためのもの」と猛反対した。5年後に離婚する際、男性に「子ども産んでたら離婚せえへんかったかも」と言われ、憤りとむなしさを覚えた。  手術から半世紀の2018年1月、不妊手術を強いられた女性が国を訴えたニュースを見て驚いた。「私と似てる」。弁護団に相談し、手術は国の政策で、2万5000人も被害者がいると知った。「障害者を人間として扱わず、普通に暮らせなくしたのは国。泣き寝入りしたくない」。翌年2月、神戸地裁に提訴した。  「年月がたっても心の傷は治せない」。青春時代を寝たきりで過ごし、子や孫と思い出をつくる夢も奪われた。願いは、ただ一つ。「国は誤った法律を作ったことを認め、謝罪してほしい。障害者が当たり前に生活でき、差別がない社会につながるように」    ◇   ◇    

宮城県内で出された「優生手術」の申請書

◆母の後悔「受けさせたくなかったけど、あきらめた」

 宮城県の女性(90)は50年前、知的障害がある次女(64)への手術を受け入れた。  次女は当時14歳。入所する施設の職員から手術すると告げられた。障害者への激しい差別がある中、施設に頼らざるを得ず、妊娠や出産をすれば大きな困難に直面すると考えた。「障害があるから心配だった。受けさせたくなかったけど、あきらめた」  手術後、普段は我慢強い次女が目に涙を浮かべて痛がった。腹部から血が噴き出し、女性は必死にタオルを当てた。次女には「盲腸の手術」とごまかした。  22年3月、現在次女がいる施設から過去の手術についての書類が届き、国が手術を推進していたと初めて知った。「かわいそうなことをしたなと…。無理やりやったことだから」

◆「身内に障害者がいて引け目を感じる状況は変わってない」

「手術を受けさせたくなかったけど」と明かす被害女性の母(右)と叔父=宮城県で

 女性は認知症が進行し、当時を語ることは少なくなった。記者の質問に答えながらも、手術を受け入れたことを現在はどう受け止めているのか尋ねると、うつむいて反応がなかった。  「親族の間でも手術のことは言いにくい。身内に障害者がいて引け目を感じる状況は今も変わっていない」。同席した女性の弟(85)が代弁した。次女が原告となった訴訟は、仙台地裁で審理が続いている。

 強制不妊手術を巡る訴訟 旧優生保護法(1948〜96年)下で不妊手術を強制されたのは違憲だとして、全国の障害者らが国に損害賠償を求めた訴訟。2018年以降、手術を受けた本人や配偶者計39人が12地裁・支部に提訴した。
(1)旧法の違憲性
(2)不法行為から20年で損害賠償請求権が消滅する「除斥期間」を適用するか
が争点。最高裁が審理対象とする東京、大阪、札幌、仙台の各高裁判決5件はいずれも旧法を違憲と判断。除斥期間を適用せず賠償を認めたのが4件、適用して賠償を認めなかったのが仙台高裁の1件と判断が分かれている。



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