魚の水槽を眺めるペンギンの行列に、館内を自由に転がり回るゴマフアザラシ―。三重県伊勢市の水族館「伊勢シーパラダイス」では、普段は水中や柵の向こうにいるはずの生きものたちが、来館者と同じ通路に姿を見せる。間近で見ることができる「ゼロ距離」が売りで、国内では先駆け的な施設。交流サイト(SNS)でも反響がある。(外山矩実)

◆動物が「遊べ」と上から目線

 名物イベントの一つ「ゴマちゃんゴロゴロ」では、ゴマフアザラシが水槽を飛び出して広場を動き回る。人がいても、お構いなしに通路を突き進んで展示施設内へ行くこともある。田村龍太館長(48)は「シーパラの動物は上から目線。『遊べ』『あいさつしろ』と人が指示されるイメージ」と苦笑いする。  1月にはSNSで数羽のペンギンが館内を散歩し、魚の水槽を眺める写真を紹介。「お客様がいなさすぎて、ペンギンたちが見にきてくれました笑」といった文章を添えた。「いいね」の数は4月時点で16万を超えた。日頃からペンギンたちは柵から出て散歩しており、出合えた来館者は写真や動画に収めている。同県四日市市から家族で訪れた橋本悠さん(37)は「東海地方の水族館によく行くが、ここは特殊。びっくりするくらい距離が近く、人間慣れしていてかわいい」と話した。

館内を散歩し、魚の水槽を眺めるペンギン

 動物にとっても飼育場所を出て、人間と空間を共有することは、運動量を確保し、刺激になるなど利点がある。来館者にとっても間近で動物が見られ、習性を知ることができる。動物たちの”迷子”やけがなどのトラブルも心配になりそうだが、飼育員の吉田悠花さん(24)は「ペンギンは集団行動する生きものなので、少し離れると戻る。アザラシも野生では岩の上に生息していて大けがをすることはない」と説明する。  生きものの自由を確保する上で、飼育員たちの気配りや工夫も欠かせない。外に出たがらない時には、無理に出さない「動物ファースト」という姿勢。イベントなどでも来館者と生きものの間に入り、調整役を担う。普段から人が無害だと信頼してもらえるよう接しているという。

来館者の前で自由に動き回るアザラシ=いずれも3月、三重県伊勢市の伊勢シーパラダイスで

 田村館長は「生きものを飼育しているのは、興味を持ってもらうため。ガラス越しに見るよりも興味を引き、動物からしても飼育として良い方向に持っていける」と力を込める。

◆海獣のフレンドリーさを体感できる

 水族館プロデューサーとして、伊勢シーパラダイスを含む全国の水族館へ助言してきた中村元(はじめ)さんは「柵なしでの展示は伊勢シーパラダイスが先駆けで、世界的にもすごい。まねをした水族館は多い」と説明。「アシカやアザラシは野生で人を襲わない。海獣のフレンドリーさを体感できる」と強調する。  動物が人慣れしている理由として飼育方法を挙げ「トレーナーが指示したことを動物がせずに戻ってもエサをあげているのが一つ。もう一つは飼育員が動物が寂しかったり、退屈だったりしたら遊び相手をする仲間になっている」と分析。「人間が決めたルールや枠に従わせようとせずに展示する方針だから、客の前に出てもストレスは低い。エサも必ずもらえるから、野生と同じ大きなサイズに育っている」と説明する。  課題は集客面。休日と比較し、平日の来場客はまばらで、中村さんは「お客さんを増やし、もうけようという考えが足りない」と指摘。「出資者を見つけることで、将来まで残るほど来館者が入る水族館にできると思う」と訴えた。 

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