米国防総省はこの8月、東西冷戦後に続いた核軍縮の時代は終わったと警告した。それに代わり、核保有国や核をまもなく保有する見込みの国の間で新たな対立が生まれていると指摘した。そのなかにはパラノイア(偏執狂)的な国もある。かつての米国と旧ソビエト連邦の間の二極対立よりも複雑で予測が難しい状況で、危険はより大きい。

ロシアにおける戦術核兵器使用のための軍事訓練で使用されるロシアの弾道ミサイル(ロシア政府提供)=AP

米国は新たな核の脅威という試練に直面している。資源が限られ、政治的に孤立主義に傾いているが、同盟国に対して、米国の「核の傘」が今も同盟国を守っていることを確信させなければならない。

残念ながら、米国は核兵器の増強も迫られるだろう。いずれかの対応でも怠れば、敵対国や同盟国における核拡散を加速させ、米国と世界の安全を脅かすことになる。

危険はらむ核兵器拡散

新たな危険の兆候は至るところに見られる。中国は北方内陸部の砂漠地帯で数百のミサイルサイロ(地下施設)の建設を進めている。ロシアのプーチン大統領は核兵器の使用をちらつかせ、欧州をターゲットにした核ミサイルの配備を増やすと威嚇している。

イランは、イスラエルへの通常兵器による直接攻撃を再開しようとしているが、濃縮ウランを核弾頭にする兵器化技術で進捗があったと伝えられており、5年前よりも核兵器保有に近づいている。北朝鮮は、核開発計画を「強化」していると主張している。

トランプ前米大統領は8月中旬、米国を守るために「アイアンドーム」ミサイル防衛システムを構築する意向を表明した。同氏は、「狂信者が1人いるだけで、(壊滅的な事態が)起きる」という。

これらは大きな変化だ。冷戦の終結を受けて防衛費削減と軍備管理が進み、1986年から2023年の間に世界の核弾頭数は約7万発から1万2千発程度に減少した。米国は強力な抑止力を保ちつつ、核装備をスリム化した。

米国は現在、陸上、空中、海中から発射できる「トライアド(三本柱)」の核戦力を保持しているが、その規模は以前より縮小している。これらの核弾頭の多くは敵国の核弾頭を標的にしている。

また、米国は必要に応じて同盟国を守るという核の「拡大抑止」を約束している。09年の段階でも、オバマ大統領(当時)は「核兵器のない世界」を望んでいた。ジョー・バイデン氏が大統領に就任した時は、トランプ政権下の混乱を受けて、軍備管理を改めて強化しようとした。

しかし、核の脅威は拡散し、変容している。核弾頭の数は再び増加しており、中国の核弾頭数は10年前の数百発から、35年までにおそらく1000発にまで拡大する可能性がある。そうなれば、初めて第3の核超大国が誕生することになる。

一方、核兵器の技術は新たな領域や関係者に広がっている。ロシアは宇宙に核兵器を配備する計画を立てており、北朝鮮の核ミサイルは米国本土に到達可能になっている。イエメンの親イラン武装組織フーシ派のような民兵組織は、(通常兵器ではあるが)高性能ミサイルを保有している。中国、イラン、ロシア、北朝鮮は軍事技術で協力しており、核ミサイルでも共働する可能性がある。

複雑になる瀬戸際外交

米国防総省は、こうした状況が重なって米国の核戦力が不足し、手持ちの核兵器で中国、ロシア、北朝鮮を同時に抑止することができなくなる事態を懸念している。また、「瀬戸際外交」の心理戦が一段と複雑になることも憂慮している。核の拡散を抑止することもより難しくなる。

例えば、米国が初めて韓国を「核の傘」の下に置いたとき、北朝鮮は核兵器や長距離ミサイルを持っていなかった。しかし今では、北朝鮮は米国の都市を焼き尽くせる量の核ミサイルを保有している。イスラエルやウクライナで使用されているようなアイアンドームは短距離ミサイルを迎撃するもので長距離ミサイルには効果がなく、それで米国を守れるものではない。

米国大統領が誰であろうと、次のような疑問が浮上する。ソウルへの攻撃に報復するためにロサンゼルスを犠牲にするのか。そして、米国が本当にそんな犠牲を払うと敵国が信じるのか。

同盟国も難しい問題に直面している。誰が次の大統領になっても、孤立主義的なポピュリズム(大衆迎合主義)が米国から消えることはないと同盟国は考えている。また、米国の軍事力が逼迫し、同盟国を守るという約束が以前ほど信用できなくなっていることも同盟国はわかっている。

韓国が米国の「核の傘」に疑念を抱けば、独自に核武装を進める可能性がある。実際、韓国人の70%はそうすべきだと考えている。日本も同様の論理に従う可能性がある。

欧州では、米国が北大西洋条約機構(NATO)を離脱した場合、英国とフランスの核兵器だけでロシアを抑止できるかどうか議論されている。イランが核兵器を手に入れれば、サウジアラビアも核兵器保有に動く可能性がある。核の拡散は不安定化をもたらすだろう。

より多くの国の指導者がより多くの「核のボタン」を握るようになれば、誤りが起きる可能性も高まる。敵国の核兵器使用を食い止めようとすれば、通常兵器による戦争の可能性も高まるだろう。

米国はどう対処すべきか。軍備管理交渉は行き詰まっている。ロシアは26年に期限を迎える新戦略兵器削減条約(新START)の履行を停止している。中国は、米国との核リスク低減交渉にあまり関心を示さず、7月に交渉を打ち切った。北朝鮮は核交渉の申し出を拒絶し、イランは移り気だ。

「核の傘」は不可欠

軍備管理を諦めるのは賢明ではない。これらの敵対国が交渉のテーブルに戻ってきたときに、米国が強い立場にあることを知らしめることで、敵対国が交渉で真剣になる可能性が高くなるからだ。

つまり米国は、新STARTが失効した場合に備え、より大規模で多様な核戦力体制を構築する準備をする必要がある。バイデン政権下で国防総省は既に方針転換を始めており、海上発射型の核巡航ミサイルなどの新たな兵器を採用している。

米国はロシアや中国の核配備が急速に進んだ場合に備え、通常兵器の弾頭を迅速に核弾頭に「差し替える」方法も探っている。トランプ氏が大統領になれば、核の増強を継続する可能性が高い。

しかし、米国の民主党と共和党は核の拡大抑止に関して意見が合わず、不確実性につながっている。バイデン氏は、同盟国を安心させるため、核搭載可能な爆撃機や潜水艦を欧州やアジアに増派し、同盟国と緊密な協議を進めてきた。核兵器がどのように使用されるか同盟国に理解させ、米国の約束が空約束ではないと確信させるためだ。

トランプ氏や一部の孤立主義的な共和党議員は、米国を守るためには、同盟国のための核の傘は必要ない、と主張するかもしれない。しかしそれは間違いだ。拡大抑止は不可欠であり、米国にとって狭義の自己利益にもなる。

逆説的ではあるが、米国は自国をより脆弱にしても数千キロ離れた同盟国を守ることを選択している。そうすることで、世界の不安定化を招く核拡散を回避できるからだ。この論理は、米国に、そしておそらくは敵対国にも、80年にわたって核に対する安全を提供してきた。

世界が危険になる時代に、米国の「核の傘」をほころばせるのは無謀である。

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