ドイツの見本市で当時の安倍晋三首相、メルケル独首相に製品を説明する独ゼンハイザーのアンドレアス・ゼンハイザー共同CEO㊨(2017年3月)=AP

売上高1000億円規模かそれ以下の中堅・中小企業ながら世界シェアを握るニッチトップの「隠れたチャンピオン」。日本や米国を上回るチャンピオン企業数を抱えるのが欧州の製造大国ドイツだ。「家族経営」「非上場」「地域密着」と日独両国の中小に共通点は多いが、最大の違いはグローバル展開を軸に経営戦略を実践する「外弁慶」にある。

独北部の山あいにある人口約3万人の小さな町ウェーデマルク。1945年の創業以来、世界的な高級ヘッドホン・音響機器メーカーとして知られる独ゼンハイザーはこの町に本社を置く。

5 万ユーロの高級ヘッドホン「ゼンハイザーHE1」=AP

祖父、父に続き2013年、3代目の共同最高経営責任者(CEO)に就いたのは、工業デザイナーのダニエル氏と、電気工学技師のアンドレアス氏のゼンハイザー兄弟だ。

「信頼関係があるので明確な役割分担の必要はない。それぞれが得意な創造的思考と論理的思考で自然と補い合い、経営に多様性が生まれている」とアンドレアス氏は世界的に珍しい「兄弟CEO」の利点を説く。

経営判断が光ったのは、21年に消費者向けオーディオ事業を切り離すと決めた時だった。耳に装着する部分を密閉しない、世界初の開放型ヘッドホンを生み出したゼンハイザーにとって、消費者向け事業はブランド浸透の旗振り役だった。それを他社に委ね、集音マイクやスタジオ、会議システムなどプロ向け事業に集中することにした。

兄弟でゼンハイザーの共同CEOを務めるダニエル氏㊨とアンドレアス氏

ゼンハイザーは空間内の微細な音波を聴覚で捉えられるようにする研究開発に力を注ぐ。ダニエル氏は「プロ向けの特化は長期的な投資が可能な家族経営の強みをより発揮できる」。アンドレアス氏も「能力を最大限発揮するには時に何かを手放さないといけない」と切り離しに同意した。

判断は間違っていなかった。消費者向け事業の切り離しにもかかわらず、23年の売上高は前年比13%増の5億2720万ユーロ(約850億円)。3年連続で増収となった。

「自己資金でやる方が正しいと考える方向を自分たちで決められる」(ダニエル氏)と非上場を貫く。23年は売上高の9%にあたる4600万ユーロを研究開発費に投じた。垂直統合モデルで部品の下処理も内製する。コストがかかる半面、新型コロナウイルス禍でも供給は途絶えなかった。

日本の中小企業にも地方に本社を置き、非上場のオーナー系企業は多い。その一方でドイツの中小のように「隠れたチャンピオン」が少ないのは、グローバル展開に対する捉え方の違いによるところが大きい。

1779年創業の電子機器製造装置、独クルツ・エルサは世界135カ国で事業展開する。売上高3億4000万ユーロのうち84%はドイツ国外への輸出が占める。

装置を売って終わりではない。クルツは顧客の装置運用を支援する組織を各国に置く。ミカエル・フィッシャー取締役は「顧客が装置を使う様子を観察し、技術的な解決策を見つけて実行することで、ソリューションの多様化、ビジネスの拡大という"ブーケ"を得られる」と説明する。

ヘッドホン・音響機器のゼンハイザーも各国顧客との共創を重んじる。ダニエル氏は「我々が最も重要だと考えることが、ある国の顧客にとっては重要ではないかもしれない。『子供のようなピュアな目で顧客を見る』ために海外に足場を持つ必要がある」と話す。例えばマイクの大きさや感触はアジアでは重視されるが、米国では形状より性能に力点が置かれることが分かった。

ドイツの優良企業、日米の4倍超

グローバル志向には国の成り立ちも関係している。1918年まで22の国と3つの自由都市の集合体だったため、ドイツ国内であっても他地域とのビジネスには輸出入手続きなどが必要で、国際取引という扱いだった。ひとつの分国の経済規模は小さく、中小企業にとって当然の選択として国際化が受け入れられた経緯がある。

大企業も含まれる売上高30億ユーロ未満を対象にした調査(20年)では、特定分野で世界3位以内の企業数はドイツが1573社で最多だった。米国(350社)や日本(283社)を引き離した。

ドイツ経済に詳しい経済産業研究所の岩本晃一リサーチアソシエイトはドイツの中小企業は「売れる商品を開発し、世界で売るという基本に忠実だ」と指摘する。反対に日本は「国際化が進まずイノベーションも停滞し売れる商品を作れていない」とみる。

岩本氏は「ドイツに比べ、日本は中小企業が日本経済を支えている意識が弱い」とも語る。日本経済の屋台骨である中小企業の在り方や、中小企業の長期的な成長を国全体でどう支えていくのか。ドイツの中小企業像をモデルに、改めて考える必要性が高まっている。

新潟のニッチトップ、先読みで世界首位

グローバル展開を軸に経営戦略を実践する「外弁慶」は日本企業にも有効だ。電子部品材料を手掛けるナミックス(新潟市)は電子部品や半導体の製造に欠かせない「導電材料」と「絶縁材料」で高い世界シェアを持つ。半導体向け液状封止材は約5割で首位にたつ。

最先端の電子材料を開発するナミックスの研究開発拠点(新潟市)

製品は全てカスタマイズで、半導体業界や関連技術の動向を先読みした新材料の開発に強みがある。日本の電機産業の国際競争力が低下するなか、ドイツのように高付加価値路線の輸出ビジネスを推進した。24年3月期の売上高は670億円と過去最高となり、海外売上高比率は8割を超えた。

開発案件は年約300件あり、うち約35%を製品化する。「常に新しいものを売り出すことと、トップであり続けることが大事」。小田嶋寿信社長はこう力を込める。

(フランクフルト=林英樹、斉藤美保)

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