ノンアルのコロナ・セロが五輪の公式ビールに=ロイター

【フランクフルト=林英樹、ロンドン=湯前宗太郎】ノンアルコールをビールの定番とする取り組みが活発になってきた。ベルギーのビール世界最大手アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABI)は協賛しているパリ五輪でノンアルを公式ビールに選んだ。若者のビール離れ、宣伝広告の制約、高い酒税というアルコール飲料の三重苦を回避し、ビール市場の復活を描く。

7月29日、熱気にわくパリ五輪のファンゾーン。ABIのノンアルコールビール「コロナ・セロ」(1杯9ユーロ=約1500円)を購入したパリ市在住のアレックスさん(32)は「最近のノンアルビールはおいしいし、飲みやすい」と話した。

新たな成長カテゴリー模索

ビール業界初の国際オリンピック委員会(IOC)最高位パートナーとなったABIはパリ五輪でコロナ・セロを看板商品としている。理由は、フランスがスタジアムなど会場内でのアルコール販売を法律で制限していることだけではない。

同社はここ数年、ノンアルビールの生産拠点などに巨額投資し、成長を支える新たなカテゴリーとして世界に売り出す戦略を立ててきた。

ABIのミシェル・ドゥケリス最高経営責任者(CEO)はIOCとの契約時の記者会見で「ビールとスポーツの相性は抜群だ。節度ある飲み物として急成長しているコロナ・セロが、その流れを先導するのはふさわしい」と胸を張った。

ABIのドゥケリスCEO㊧は同社のノンアルビールでIOCのバッハ会長と乾杯した(24年1月、ロンドン)=AP

IOCとの契約はパリ五輪から2028年米ロサンゼルス五輪まで。期間を通した契約金は明らかではないが、9億ドル(約1400億円)以上と試算されている。

ABIがノンアルビールをPRしたいのは、一部の国や地域で「邪道」「ビールの劣化版」といった固定観念が根強く残るからだ。世界屈指のイベントの五輪には「新たな常識」を伝達する力があるとみる。

28年500億ドル市場に拡大

ノンアルビールは世界的に売り上げを伸ばしている。独スタティスタによると、23年の世界の販売額は22年比14%増の341億ドル(約5兆2500億円)でビール全体の5.5%となった。28年には、23年比1.5倍の512億ドルに達すると見込まれる。

特に、健康志向の強い欧州で一定の地位を築きつつある。

ドイツではノンアルがビール全体の8%を占める。ドイツ人のジャック・オルテンさん(48)は「アルコールで自分を制御できなくなるのが嫌」といい、仕事終わりにノンアルビールを飲むのが日課だ。肝臓に負担をかけたくないという理由に加え「むしろアルコールがない方がビール本来のうまみを味わえる」と話す。

自動車レースにあえて協賛

オランダのハイネケンもノンアルに注力するビール大手だ。すでにノンアルコールビール「ハイネケン0.0」を110カ国以上に展開している。

同社はビールブランドとの相性が一見悪そうな世界最高峰の自動車レース、フォーミュラ・ワン(F1)でスポンサーを務める。「When You Drive, Never Drink」の標語を掲げ、ハイネケン0.0をPRする。

ハイネケンでノンアル飲料の成長戦略を統括するルイーズ・フィッツパトリック氏は「ノンアルを通常のビールのポートフォリオ(資産構成)の重要なパーツだと考えている」と語る。

「ハイネケン0.0」はノンアルコールビールの売れ筋商品だ

ビール大手がノンアルに触手を伸ばす裏には、既存ビール市場の鈍化がある。新型コロナウイルス禍後に年3〜4%増と回復しているものの、若者のビール離れが進む。米国では、23年のビール出荷量が1999年以来の最低水準となった。

広告規制、酒税も足かせに

ビールに対する世間の風当たりも厳しい。英国や中国、インドなどアルコール飲料の広告を規制する国は増えている。世界保健機関(WHO)は23年12月に「暴力や交通事故など世界で年260万人が飲酒原因で死亡している」と酒税の引き上げを求めた。

ノンアルビールを手がければ、広告規制や酒税を回避できる。多くのビール大手が通常のビールと同じブランド名やパッケージでノンアルを展開するのは、ビール全体への波及効果を狙っているからだ。

日本でノンアルビールはアルコールを生成しない方法で製造するのが一般的だが、欧米ではビール製造後にアルコールを抜くため、本来のビールに近い風味を味わえる。

独ビットブルガーのノンアル、ビットブルガー・ドライブとレモン風味の同ラドラー

ドイツ南西部のビール醸造所ビットブルガーはノンアルの「ビットブルガー・ドライブ」、レモン風味の「ビットブルガー・ラドラー」を世界展開する。

同社国際事業部トップのセバスチャン・エリーズ氏は「液体を波立てない真空整流でアルコールを除去しており、ビールの風味を損なわず、ビタミンを加え栄養価も高い」と語る。日本を潜在需要が高い市場とみて輸出量を増やしている。

起爆剤としての五輪の価値

五輪はこれまでも、新たなカテゴリーや製品、技術が広がる起爆剤となってきた。

米コカ・コーラは1928年のオランダ・アムステルダム五輪で公式スポンサーに名乗りを上げ、一気に世界ブランドとなった。日本では1964年の東京五輪を機に白黒テレビが、72年の札幌冬季五輪でカラーテレビが普及した。

パリ五輪は数百万人が訪れ、テレビとネットで約15億人が観戦するとされる。ABIは期間中、「五輪のビール」としてコロナ・セロを世界にアピールする。ビールはアルコール飲料だという固定観念を崩し、パラダイムシフトを起こす可能性は小さくない。

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