Nintendo SwitchやニンテンドーDSiといったゲーム機で,懐かしのBASICを使ったプログラミングができる「プチコン」シリーズ。その利益は開発者自らが「お察しください」と語るものだが,スマイルブームはなぜシリーズを続けているのだろうか?
 CEDEC 2024の講演「令和最新版BASIC事情:我々がプチコンを作り続ける理由」では,プチコンの歴史とこれを続ける理由が語られた。


●「令和最新版BASIC事情:我々がプチコンを作り続ける理由」登壇者
細田祥一氏(スマイルブーム 開発本部長)
小林貴樹氏(スマイルブーム 代表取締役)


写真左から,細田祥一氏(スマイルブーム 開発本部長)と小林貴樹氏(スマイルブーム 代表取締役)

 スマイルブームは「うっでぃぽこ」「俺の料理」などのゲームを手がけたクリエイター小林貴樹氏が2008年に設立したソフトハウスで,「年に1本は自社製品をリリースする」という目標を掲げている。ソフトハウスの中には受託業務が中心となり,自社製品を出す余裕を持てないというところも見られるが,そうした中で年に1本を出すというのは結構なペースと言えるだろう。

 そんな自社製品の1つが2011年から展開されている「プチコン」シリーズだ。初心者向けプログラミング言語BASICをアレンジした「SmileBASIC」が搭載されており,さまざまなプログラミングができる。つまり,ゲーム機を懐かしのホビーパソコンのように使えるというわけだ。
 そのコンセプトの面白さから,プチコンはスマイルブームの“顔”になったという。しかし,スマイルブームの自社製品は,実は「全然売れていない」うえに,「ほぼ全作品が制作費すらペイできていない」と細田氏は語る。その一方で財務状態は健全であり,16期連続で黒字を達成できているそうだ。つまりは自腹を切って自社製品を出し続けているわけで,それでも会社を健全に経営できている秘訣はどういったものだろうか……というのが本講演のテーマである。


 もともとスマイルブームには,自社製品の販売だけで経営していきたいという目標がある。それに小林氏が持つ「自分のBASICを作りたい」「ソフトハウスというものはオリジナルのBASICを作らなければならない」という信念とあわせ,自社オリジナルBASICの開発が始まったという(1980年代には小林氏がいたデービーソフトが「dB-BASIC」を,同じ北海道のソフトハウスであるハドソンが「Hu-BASIC」を出しているなど,さまざまなBASICがゲーム界を賑わわせていた)。
 とはいえ,スマイルブームは創業したばかりで資金もなく,企画の性質上パブリッシャに持ち込むのも難しいことから,Xbox 360でコツコツと試作品を作っていた。同機はチャット用としてコントローラに接続する小型のキーボードが存在しており,これを使ってのプログラミングが想定されていたとのことだ。


 そうした中で,スマイルブームに大型の受託案件が舞い込んだ。報酬から税金を持っていかれるよりはBASICを作ろう,ということで制作が本格的にスタート。対応機種は,タッチパネルをソフトウェアキーボードとして使えるニンテンドーDSiだ。そして販売形態は,在庫の心配がないダウンロードと決まった。開発とデバッグは外部の会社に委託しているが,これはプチコンの開発体制としては異例のこと。本作以外のプチコンは一貫して内部で賄われている。
 2011年の3月に発売されたプチコンは大きな話題を呼び,スマイルブームには「プチコンの会社」という新たな企業イメージが加わることになった。細田氏自身も,小林氏から命じられて開発に加わるまでは「なぜ今更BASICなんだろう?」という疑問を抱いていたが,実際に使ってみて「命令さえ分かっていれば,即座に結果が出る」良さを再確認できたという。
 購入層は,ほぼ100%が懐かしのホビーパソコンを知る世代だ。売れた本数は多かったものの,1本800円という価格から売上にはつながらなかったという。


 2作目の「プチコンmkII」がスタートしたのは,大型案件が中止になったことがきっかけだ。ファイルの管理や,ユーザー同士でファイルを交換するプチコン用アプリの企画と,SmileBASICの改良が組み合わさってプチコンmkIIとなった。発売時期を特に定めず,優先度を低くしたうえで余暇や空き時間を用いて開発を進め,関わるのも2〜3人(延べ人数でも4〜8人)というプチコンの開発スタイルはここで確立している。
 発売時期が決まっていないのも,優先度が低いのも,お金になるほかの案件を優先しているため。プチコン自体の売上は会社経営のアテにはされていないのだという。プチコンmkIIでは海外展開も行われ,アメリカとヨーロッパで販売されたが,アメリカの反応が良かった一方,ヨーロッパはそうでもないという対照的な結果になったのだそうだ。


 対応機種をニンテンドー3DSに移したのが「プチコン3号 SmileBASIC」。別の大型案件の合間にSmileBASICの作り直しを進めておき,余裕が出てきたところでのスタートとなった。「立体視で飛び出すプチコン」がテーマとなり,通常ならX軸とY軸のみを指定する「LOCATE」命令も,プチコン3号ではZ軸まで指定できるなど,機種の特性を活かしたものとなっている。
 細田氏いわく「結構売れた」そうで,なかでも小中学生のユーザーが増えた。これはニンテンドー3DSのコミュニケーションサービス「Miiverse」とプチコンの親和性が高かったため。Miiverseで彼らがプログラミングの疑問を呟くと,ベテランたちが教えてくれるという好循環が生まれたのだそうだ。
 しかし,サーバーの運営費がかかるのに加え,ここにユーザーたちが登録する「公開プログラム」のチェックを外部に任せたため,損益については「お察しください」状態であったという。


 Wii U用「プチコンBIG」は,大きな画面でプログラミングをしたいということからスタートしたものの,ほかの案件が忙しいためペースは遅々としたものに。昼は案件で働き,深夜にプチコンBIGの開発を進めるという体制だったという。


 最新作となるのが,Switch用の「プチコン4 SmileBASIC」だ。忙しかった案件が終わると,世間ではSwitchのブームが訪れており,プログラミング教育にも注目が集まっていた。教育用言語といえばBASICだろうということで,プログラミング初学者にターゲットを絞ったものとなった。これはプチコンがシリーズを重ね,固定ファンがついてくれたおかげで下せた決定であるという。
 無事発売されたプチコン4は5年を経ても売れ続けており,日々のサーバー代や公開プログラムのチェック代といった運営費も賄えるようになったそうだ。


 プチコンの歴史では値下げも行われているが,長期的に見ると良くない戦略であったと細田氏は振り返る。とくにプチコンBIGでは据置機用として3000円の値を付けたところを1000円に値下げしたが,同時期に展開していたプチコン3号の方も値下げせざるをえず,利益に影響を与えたという。
 また,値下げをしてしまうとセールの効果も下がってしまったのだそうだ。これを受けてプチコン4では定期的にセールを行うSteamと同じ戦略を採用。発売済のソフトがダウンロード販売で注目されるにはセールが有効であるため,インディーゲームのセールに合わせてプチコン4もセールを行っているのだという。
 また,プチコン3号では子どもが親にねだりやすい価格に設定していたものの,結局お金を出すのは親であるため,こちらもあまり有効ではなかったとのこと。子ども向け=子どものお小遣いでも出せる低価格と短絡的に考えてしまいがちだが,そうではなかったというわけで,実践によって得られた貴重な知見と言えるだろう。


 自社製品が売れなくても健全な経営を続けるには,「とにかく作る」「できた時が売る時」「手が空いたら作るチャンス」ということで優先度を低くして自社製品のプロジェクトを回し続け,「売上は期待しない」ことに尽きるという。
 そのためには「安定財源を確保する」ことを心がけ,大規模でなくても長期間・高単価・難燃性(プロジェクトが炎上しにくい)案件をたくさん請けて効率よくこなすことが大事。自社製品はそれ自体が売れなくても,受託業務を探す際の営業活動に役立つため,スマイルブームでは「自社製品=販促グッズ」と考えているそうだ。
 そのためには,他社が同じような製品を出しているジャンルは避けるべきである,と細田氏。自分たちのような小さなソフトハウスが利益の出ない自社製品を出しても営業を続けられているのだから,自社製品を出したいけれど受託業務をこなすだけになっている会社はぜひともラインを越えてほしいとし,「うまく立ち回れば売れなくても潰れません!」と,自らの経験からエールを送った。


 この講演では,プチコンシリーズを使った教育活動についても語られている。プチコンは教育を考慮せずに作られたが,教育現場からは好評で,ワークショップなどの需要があったという。
 プログラミング言語についてすべて説明することは難しいので,用意したリストを打ち込むとゲームになるという面白さにフォーカスした「写経」方式に。ただ,6時間で1000行のリストを打ち込ませようとしたところ,子どもの集中力が切れて泣いたりすることもあったそうだ。
 Switchは皆が持っているうえに外部ディスプレイにもすぐつなげられるため,ワークショップで使うには最適の機種と言える。持ち出しにはなってしまうものの,小林氏の「人を育てたい」という思いからワークショップを続けているとのことだ。


 自分の作品を作る創作活動と,生きていくための仕事,どちらに力点を置くかは難しいテーマだ。こうした点に悩み続けているソフトハウスや個人開発者も多いはずで,今回の講演からは勇気をもらえたのではないだろうか。自社作品を作りつつも,人を育てるワークショップも行っているスマイルブームの取り組みは,注目に値するものと言えそうだ。

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