ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2024」にて,「塊魂」でサウンドディレクターとメインコンポーザーを務めた三宅 優氏と,「塊魂」にコンポーザーとして参加し,「太鼓の達人」の楽曲等でおなじみのバンダイナムコスタジオのサウンドディレクター・矢野義人氏「NANAーNANANANANAーNAーNAーNA、塊魂サウンド 20年間輝き続けるためのアイデア」と題したセッションを行った。
 彼らが考える,ゲームを魅力的にするためのサウンドワークとはどんなものなのだろうか。

矢野義人氏(左)と三宅 優氏(右)

 「塊魂」が発売されて早20年。若いゲームファンにはすでにピンとこないタイトルかもしれないが,「塊を転がしてモノを巻き込み,雪だるま式に大きくし,お菓子や家具,動物やビルや山,森羅万象すべてのものを巻き込み,夜空に打ち上げて輝く星とする」ゲームと知れば,「あれか!」と記憶がよみがえるのではないだろうか。
 そのサウンド開発に関するアイデアは,いまだに明かされてない部分があるそうだ。しかもそれは「創作活動で即活用できる」ものらしい。



まずサウンドディレクターが惚れ込んでいた


 まずは三宅氏が「塊魂」の開発経緯をサウンドディレクター側の視点から語っていく。最初に企画書を見た時点で「惚れ込んでしまう」ような一枚の絵があったそうだ。それは富士山の火口に,大きくなった塊がはまっているというもの。

三宅氏による再現画

 それを見たときに「じゃあ人でも車でもなんでも巻き込める?」と気が付き,その先どこまでも塊が大きくなっていくイメージが浮かんだという。そしてこれは絶対面白いゲームになると確信し,サウンド側から全面協力することを心に誓ったそうだ。

 ちなみにこの「塊魂」の企画は,当時グラフィックデザイナーとしてナムコに所属していた高橋慶太氏によるものなのだが,3Dドライブゲーム企画の募集に対し,巨大トラックボールコントローラーを使う「塊転がしゲーム」を提出するという快挙(暴走?)から始まっている。そんな経緯があったため,三宅氏は高橋氏には一目置いていたという。

これは一目置かざるをえない

 三宅氏的な「塊魂」の推しポイントとしては,3つのことが挙げられるという。
 1つめは,ボールのような塊にモノをくっつける,ドットイート的な非常に単純なゲーム性なのに,既視感がない新しいものであること。
 2つめは,メーター表示などはなく,塊が大きくなることでモノを巻き込めるかが直感的に分かる,または非直感的にしか分からない(巻き込んでみないと分からない),その両方が同居していることがたまらないそうだ。
 3つめは,塊が大きくなるにつれて行ける場所が増える,レベルアップのような仕様になっているところ。
 4つめ(!?)は,いろいろなものを綺麗さっぱり掃除している感じで,あとからコレクションとして確認できること。ちなみにコレクションしたモノは巻き込んだときの一言ボイスを聞くことができるが,この「モノを巻き込んだときのボイス」はサウンドチーム側からのアイデアだったそうだ。

三宅氏と矢野氏は声優としても作品に参加しているそう。ヤンキーの「ベベベベンベン ベンベンベン」(三宅氏),「みんな大好き塊魂」メニュー画面の「イェース」(矢野氏)など,スタッフがさまざまな声を担当している

 5つめは高橋氏の「マップやモノの配置で笑わせたりボケたりする」センス。ステージ自体にストーリー性があったり,ミニゲームになっていたりと仕掛けが面白いこと。また高橋氏はなぜか文章力もあり,王様のセリフも最高だった。
 と,最初に3つ挙げるとしながらいつの間にか6つも7つも挙げたくなるほど,開発者の一員にも関わらずすっかりファンになっていたことを告白。お気に入りのゲームを周囲に布教するような,使命感のような気持ちがあったそうだ。



どんな課題を設けてクリアしていったのか


 そんな前置きのあと,話はサウンドディレクションの解説へ。サウンドディレクターというポジションは,プロジェクトごとの状況,予算,人的リソースなどの要素から課題を設定して,それをクリアしていく形で計画を立てるパターンが多いという。「塊魂」もそれは同じで,三宅氏はいくつもの課題を想定したそうだ。


 まず第1の課題は,会社からの要望で「ワールドワイドに向けた商品を作ろう」ということ。2番目には,当時は日本でソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)とPlayStationに勢いがある時期で,一般の人にも向けてゲームを作ろうというムーブメントがあり,それを意識しようということ。3番目は,現在も通じるところがあるが,新作がなかなかバズらない状況を変えたいということ。4番目は規模が個人的なものになるが,子供のころから挿入歌というものになじめなかったこと。
 大きなところとしては,これらの課題を解決したい思いがあったそうだ。ほかにもプロモーションや法務など他部署との連動,才能の塊のようなナムコサウンドチームを売り出すことなど,いろいろなことに取り組んでいったという。


 まず向き合ったのは2,3,4の課題。一般の人に向けバズるような,かつ挿入歌が気にならない,むしろゲームを面白くする方向に作用する取り組み。そのためにミュージックプランを設定した。
 「塊魂」のゲーム性は十二分に面白くそこに心配はなかったため,あとは演出や世界観の構築だと考えたという。そこでまず出てきたのが,声という一番希求力の強い音色を使うことだった。誰でも知っているようなボーカルを10人起用して,ゲームを目立たせるという発想だ。


 さらにゲームの特性に合わせた仕掛けを実装できないかと,インゲーム(プレイ中の)ミュージックとして実装しようと企画する。このあたりを高橋氏に告げたところ「いいね〜」という軽い返事だったという。

 そしてすぐさまプロデューサーと相談し,予算を確保。研究材料費がほぼほぼボーカルの費用に充てられるというあり得ない事態に展開していったが,なぜこの無理筋が通ったかといえば,プロデューサーと発案者・高橋氏のやりとりがうまくいってなかったときに,間を取り持っていた貸しがあったためだという。
 もの作りにおけるコミュニケーションの大切さを物語るエピソード……と言えるかもしれない。


 そして法務部との調整も気がかりだったので,サウンドディレクターにも関わらずいち早く動いた。当時,コンプライアンス遵守のために消えたプロジェクトなどもそれなりにあったためだ。
 法務部内部では初めてのケースということもあって意見が割れていたそうだが,三宅氏の話に乗ってくれる人も出てきて,とくにS氏には今でも感謝しているという。

 ミュージックプランについて気掛かりな点も一つあった。それは高橋氏から要望があった,塊の大きさによって音楽が変化するというアイデアだ。ゲーム自体に塊が縮む展開がほぼなかったため,エスカレーションする方向にのみにしか反映することができなかった。また,要望を忠実に実装しようとした場合,音楽はミニマルなテクノミュージックに限定されてしまうという問題もあった。
 そのため,よりよい企画を考え,楽曲のクオリティで納得してもらう必然性が増していく。

 次に行ったのがボーカリストの人選。主題歌はクリスタルキングの田中昌之さん,インゲームの曲に新沼謙治さん水森亜土さん椛田早紀さんなど,そしてエンディングには松崎しげるさんといったメンツが並ぶ。


 三宅氏としては,できれば年代問わず知名度があり,誰もが知っているか,声を聴いたら分かるような人で,歌のみの仕事を受けてくれる方を望んでいたという。また,シンガーソングライター系の人は曲の提供を提案していくる傾向があるので,そこはお互いのためにあらかじめ避けていた。

 ただ,このプランの弱みも自分で分かってはいたという。普通,ボーカル付きの曲はゲームプレイへの集中を阻害しがちで,ゲーム開発では「禁じ手」の1つとされており,やるからには相応の対策が必要となる。

 また歌い手側も,プレイヤー側も,誰かに教えたくなるようないい楽曲を作る必要もある。当たり前ではあるのだが,なかなかに高いスキルを求められる仕事となった。ただ,そこはナムコサウンドチームの高い実力を発揮できたポイントで,少なからず期待に応えるものになったと誇れるとのこと。


 もちろんゲーム中の「塊」のように順調に大きくなっていった話ばかりでもない。じつはオープニングとエンディング以外には本格的な歌詞を入れるつもりはなかったそうで,三宅氏が初期に書いた曲「塊オンザロック」「さくらいろの季節」「WANDA WANDA」など,とくに意味のないスキャットで曲のサビが構成されている。ただサウンドチームの才能により世界観がどんどん拡張されていき,最終的には歌詞なしとありで天秤にかけ,歌詞ありに傾いていった。

 つまり「禁じ手」の方向で方針が固まったわけで,そうなった以上はいい楽曲を作って問題をクリアしなくてはならない。ただ「月と王子」という曲に「このアースに負けないオブジェを作れ」という素晴らしい歌詞があるように,結果としてはゲームの邪魔どころかより楽しむための要素に昇華することができた。作家(作曲家)には自由に仕事をさせた結果,最終的なクオリティが高くなる「幸せな例」となったわけだ。



楽曲をハネさせる組み合わせの妙


 続いて,楽曲をハネさせる具体的な考え方について。「塊魂」では,作家×歌い手×ジャンルの組み合わせによって,シナジーを起こし,質を高める狙い方をしていた。


 作家に関してはマルチな才能がある人より,誰にも負けない専門性を持っている人に依頼し,得意なジャンルで直球勝負をしてもらっている。
 歌い手に対しては作家とのマッチングを考えつつ,歌うこと自体がモチベーションになる組み合わせを心がけた。かつ,小規模予算にも関わらず高望みをさせてもらい,有名な人を口説く方法として契約の条件を工夫するなどした(契約条件の話なので詳細は秘密とのこと)。また,エージェントを使うときに,話を持っていく人のタイプ,話の持ち掛け方などを工夫する。場合によっては三宅氏自ら企画を説明しに行き,20分くらい話を続けて「分かった分かった,もうやるから」と言わせたりもしたという。

 当人にとってやりがいのある音楽性を提案することも大切で,「ビューティフル塊魂」宇都宮 隆さんにお願いしたときは,クイーンのような曲を提案することで興味を持ってもらった。歌い手と何らかの点で思惑が一致することが,やはり大切というわけだ。


 そして楽曲の方向性はアーリーアダプター,つまり流行を先取りするような層が好むようなものに加えて,ド直球の定番を狙うという2つの柱を用意している。何か1つに絞らず,それぞれお気に入りができるようなバリエーションが生まれることを念頭に置いたという。


 その他のこだわりのポイントとしては,生音をシミュレートした音源では再現できない場合は妥協せず,ちゃんとレコーディングするということ。ストリングス,ホーンセクション,コーラス,フェンダー・ローズ(エレクトリックピアノ)のスーツケースMark Iのアンプの歪み具合……シミュレーション音源では得られない音にはとことんこだわる。


 面白いゲーム性と,それを飾る演出やビジュアル,そして豊かなサウンド。それらがそろった結果,「塊魂」は国内外で数々の賞を受賞するタイトルとなり,2013年にはMOMA(ニューヨーク現代美術館)のパーマネントコレクションとして収録されるに至った。

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[2012/11/30 18:33]
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  • 編集部:Gueed

 そして最後に,個々の楽曲の意図や工夫に関する話が始まった。

 まず「ナナナン塊」について。これは上でお伝えした「楽曲をハネさせる考え」的には三宅 優×ゆうさま×鼻歌の組み合わせとなる。
 当時アマチュアリズム的な曲のはやりがあり,ゲームを起動して一発目の曲が「ちゃんとしていない」ことでハネを狙ったという。あえてガラケーで録音した音をそのまま収録したという,お風呂での鼻歌の感覚の楽曲だ。


 次に「LONELY ROLLING STAR」。こちらは矢野義人×椛田早紀×チップチューンの組み合わせである。
 矢野氏によれば,まず「チップチューンで」というお題があったという。そしてゲームをプレイしたときに王子が1人で塊を転がしているのが寂しそうだという印象を受け,王子を見守る誰かを想像し,そのキャラが歌ってるという形で楽曲を作ったそうだ。
 Aメロが2音で短めの音が多いのは,まだ塊が小さいうちに巻き込んでいる小さな欠片のイメージ。それがBメロでは長めの音で塊とカケラが大きくなったことを表現し,サビではさらに大きくなって……という構成になっている。


 三宅氏的にはBメロのコード進行の逸脱ぶりがとても好きなポイントとのことで,矢野氏に解説を求めていた。矢野氏としては,そこに塊を転がしているときの「なかなかまっすぐ転がせないもどかしさ」をこめたそうだ。
 このあとは三宅氏によるコード理論の話が続いたが,実際に「LONELY ROLLING STAR」のサビ前のBメロを聴いてみることで,コード進行のエモさを感じてもらうのが一番かもしれない。


 あえて要約すれば,この曲はジャズっぽいニュアンスのあるポップス(風チップチューン)なのだが,ジャズに振り切らずポップスの範疇に留まる,思いもよらないが同時に破綻もしない,美しいコード進行に天才性を感じたそうだ。
 一方,矢野氏自身はそれらを「コードはテーマパーク内のアトラクションのようなもので,移動したりワープして戻ったりするもの」などと捉えているらしい。
 三宅氏は「LONELY ROLLING STAR」やエンディング曲の「愛のカタマリー」といった矢野氏が担当した楽曲は,とくにアメリカの人達が喜んだのではないかと分析していた。


 「塊魂」が20年輝き続けるために必要だったもの。それは優れたゲーム性,セッションで語られた音楽性など,さまざな要因が関わっているが,じつはスタッフ達にいつの間にか作品に対する愛情が芽生えてしまったことが大きいという。商業作品なのに商業作品でないような,愛するものにいいことをしようという思い。それらが良いものを実装することにつながった。

輝くためには必要なものがある。
それは自然を愛する心。
バランスのとれた食生活。
十分な睡眠時間。
日に焼けた肌。
そして日々重ねた愛のあるモノづくり。



 と,お2人は「塊魂」のエンディングテーマからの引用を交えた言葉を一緒に読み上げ,セッションを締めくくった。
 「創作活動で即活用できる」という予告のわりに「塊魂」の特殊事例に関する話が多かった印象のセッションだったが(笑),そもそもゲームのサウンド作りとはそういうもので,作品に向き合い,愛することが一番大切なのかもしれない。

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