DICは川村記念美術館を縮小・移転する

DICは26日、保有・運営するDIC川村記念美術館(千葉県佐倉市)を東京都内に移転すると発表した。作品数を4分の1程度に減らし、公共性の高い団体と連携して運営する。2025年中に作品の売却を始める。少なくとも100億円程度の売却益の計上を見込み、株主還元や成長投資に充てる。

川村記念美術館は25年4月1日から休館する。移転後の開館時期は決まっていない。連携する団体の保有する施設への移転に向け交渉中で、25年3月末までの最終合意を目指す。

DICは美術館運営について、「社会貢献によって得られる社会的価値が、運営中止によって得られる経済的価値と比べても正当化されると判断した」とし、運営中止ではなく移転を目指す。移転に掛かる費用は数億円規模に抑える。都内に移り規模を小さくすることで、来館者の増加による収入増と運営コスト低減が進み、採算が改善すると見込む。ただし、交渉が破談した場合、美術館運営は中止する。

DICは、クロード・モネの「睡蓮」やパブロ・ピカソの作品など全384点を保有しており、美術品の資産価値は、6月末時点で112億円(簿価ベース)ある。作品を段階的に売却していくが、金額規模や時期については未定としている。売却した作品のうち文化的価値の高い作品について、「売却後も一般公開されるよう最大限の努力を払っていく」(同社)という。

DICの前身である川村インキ製造所は、1908年に創業者の川村喜十郎氏が設立した。美術雑誌や絵葉書ブームなど日露戦争後の文化の活性化で印刷需要が増えたことが創業のきっかけとなった。日本初の色見本帳である「DICカラーガイド」を販売するなど色に関する文化を支えてきた。

「(当社には)116年のカラーの歴史がある。美術館はブランドに直結するものだ」。DICの池田尚志社長はこう語る。収蔵品の多くは創業家2代目の川村勝巳氏が買い集めたもので、90年に美術館が開館した。戦後アメリカ美術を多く収蔵しており、マーク・ロスコの作品7点のみを展示した「ロスコ・ルーム」は世界からファンが訪れる。

抽象的な絵画は、宗教や文化を越えて受け入れられやすく、中東などの美術ファンが買い集め、美術品の価値が高騰している。14年、DICの所蔵ではないが、ロスコ作の絵画が約1億8600万ドル(約290億円)で売却された。業界関係者は「安く買った美術品があれだけの価値を持つようになることは、美術館として異例で素晴らしいことだ」と話す。

多くの企業美術館は公益財団法人化し、経営を切り分けている。一方、DICは副社長執行役員が美術館担当役員を兼務し、企業が直接運営している。そのため、収蔵品も企業の保有する資産として、会計処理される。13年に所蔵していたバーネット・ニューマンの作品を売却した際には、譲渡益103億円を計上した。

DICの23年12月期の連結最終損益は398億円の赤字を計上するなど経営環境も厳しい。印刷インキ中心の事業構造から付加価値の高い化学品へ経営資源をシフトする中、美術館との相乗効果は薄れつつある。

香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントは10月、DICの株式の保有割合を8.56%から11.53%に高めた。ある投資家は「企業の社会的貢献は、美術品を見る機会を千葉で提供することではなく、配当として富を再分配することだ」と指摘する。

DICは長期的な企業価値の向上に向けて外部人材が助言する「価値共創委員会」を4月に設置し、美術館運営のあり方を議論してきた。

(藤生貴子)

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