在宅勤務でパソコンに向かう会社員

ネット空間に企業の広告費を不正にかすめ取る詐欺サイトが氾濫している。生成AI(人工知能)が悪用され、被害額は世界の広告費の2割を超える。日本企業は食い物にされている自覚に乏しく、対策は後手に回っている。あなたの会社は大丈夫か。

「ネット広告を巡る詐欺行為は生成AIの登場を受けて急速に広がり始めた。企業は危機的状況にあるともっと知る必要がある」。広告主企業で組織する日本アドバタイザーズ協会で広告不正問題に取り組む山口有希子パナソニックコネクト取締役最高マーケティング責任者(CMO)は警告する。

ネット広告には大きく2つのタイプがある。テレビや新聞などと同じように広告主がメディアの特定の枠を購入する「予約型」と、米グーグルなどの自動配信システムに掲載先サイトを都度決めさせる「運用型」だ。

問題が起きているのは後者だ。安価で幅広い層にアプローチできることから2000年代から一気に広まり、日本ではネット広告市場の9割を運用型が占めるまで成長した。ところが悪意を持った者たちが生成AIという武器を手に入れたことで、23年ごろからシステムが悪用され始めている。

仕組みはこうだ。まず悪徳業者が生成AIを用いて信頼性の低い情報や盗用記事などを載せたサイトを作る。驚くほどわずかな費用と時間でできてしまう。作成したサイトにネット広告を掲載するまでの流れは通常と変わらない。

花王の板橋メディア企画開発部長らへの取材を基に作成

表示回数や閲覧数を水増し

グーグルなどの広告配信プログラムに加入し、サイト内に広告を表示させる枠を設ければ準備が完了する。人間の目では見えないほど小さい広告枠を大量に配置したり、同じ広告を数秒単位で何度も更新したりして表示回数を水増しする。

そうすることで閲覧者1人当たり通常0.2円ほどの広告収入を100倍の20円程度まで高めるという。さらに「ボット」と呼ばれる自動化プログラムに閲覧者を装ってサイトへアクセスさせて閲覧数をかさ上げし、広告収入をだまし取る手口も横行している。このように広告収益を最大化することだけを目的とするサイトがMFA(メードフォーアド)サイトと呼ばれる。企業の広告費に群がる詐欺師たちの醜い実態だ。

企業や有識者によると、MFAサイトに広告が表示される回数の割合は20年ごろまで全体の3〜4%に収まっていた。ある食品メーカーの担当者は「税金のようなものだと目をつぶっていた」と明かす。MFAサイトに自社の広告が出ていたと分かれば、広告主側でそれ以降の掲載をブロックすることもできた。

だが生成AIの登場が事態を一気に悪化させた。コンテンツを無尽蔵に作成できるようになった上、専門知識がなくともウェブサイトの構築方法や、構築したサイトをネット検索で上位に表示する検索エンジン最適化(SEO)対策までAIが考えてくれるようになったからだ。

広告費の詐取、倍増の恐れも

23年以降、MFAサイトに広告が表示される割合は20〜30%まで急上昇。配信は自動化されているため、人の目によるチェックを受けないまま表示されてしまう。サイトの数が多過ぎて1件ずつブロックする作業も追いつかない。

英調査会社ジュニパーリサーチの試算によると、23年における世界の広告支出額の実に22%、842億ドル(約13兆円)が広告詐欺によって奪われた。28年にはこれが1723億ドルに倍増する恐れがある。

そもそも生成AIによるMFAサイトと人がコストと時間をかけて作ったサイトを区別する方法は現時点で存在しない。ソニーグループ傘下でネット広告を販売するSMN(東京・品川)の大関晃弘商品企画部長は「画面に占める広告の割合が多い、他メディアのコンテンツを盗用しているといった特徴から判断するしかない」と話す。

一律でMFAサイトを判別する方法がないため、規制を強めれば人の手で作られたサイトを意図せず広告市場から締め出してしまう恐れもある。グーグルのようなプラットフォーマーは抜本的な解決策を打てていないのが実情だ。

広告費の詐取と並んで深刻化しているのが、アダルトサイトなどに自社広告が表示されることによる「ブランド毀損リスク」だ。

花王、ブランド既存阻止へ自衛

花王は17年ごろから広告の不正行為を探知するシステムの導入を検討し始めた。きっかけは消費者の声だった。「花王の商品の広告を芸能人のゴシップサイトで見かけたが大丈夫か」などの指摘があったという。

花王が確認したところ、想定していなかったようなサイトに自社の広告が掲載されているケースを多数発見した。同社のマーケティングイノベーションセンターでメディア企画開発部長を務める板橋万里子氏は「商品のブランドイメージを悪化させかねない状況に危機感を覚えた」と振り返る。

花王は対策として19年、イスラエルのスタートアップが開発した広告セキュリティーシステムを導入した。自社の広告が表示されたサイトのページを全て監視し、事前に設定した除外キーワードを含んだコンテンツがあればその後の掲載を自動的にブロックする。

導入前、社内からは「なぜ広告主が費用をかけて対策しなければいけないのか」という反対意見も出たが、状況は悪化するばかり。実際に自社広告が掲載された不適切サイトの一覧表を作り、板橋氏らが社内への説明を重ねて理解者を増やしていった。

足元では広告が掲載されたページのうち2割超でブロックする結果になっている。それほどにリスクが拡大しているということを浮き彫りにする。「自衛しなければ、もはや自社ブランドは守れない」と板橋氏は話す。

ネット広告運用に司令塔

経済産業省が23年3月に実施した広告主向けアンケートの結果によると、花王のように対策システムを利用する企業の割合はわずか16%だった。

パナソニックコネクトの山口氏は「ネット広告は販売促進担当などの現場社員が始めるケースが多い。会社は全体像を把握できず、問題把握が遅れやすい」と指摘する。実際、パナソニックコネクトでも18年ごろまではネット広告の運用担当者が部署ごとに分散していたという。花王と同じように不適切なサイトに自社広告が出ていたことが発覚したのをきっかけに運用体制にメスを入れた。

ネット広告に精通した人材を外部から司令塔として招き、かじ取りを一元化。不正行為への対策システムを導入したほか、運用担当者たちをオンラインでチームとしてつないで勉強会を開き、リテラシーを高めた。

「PMP(プライベートマーケットプレイス)」と呼ばれる、メディアと広告主が限定された広告取引市場にも参入。優先的に広告を出稿すべきメディアをまとめた「セーフティーリスト」も作成し、広告の掲載先をリスト上のサイトに絞ることでブランド毀損リスクを減らしていった。

電通グループによると世界のネット広告市場は26年に4997億ドルと22年比で約1.3倍に増える見通し。広告詐欺で稼ごうとする者も増え続けている。無策のままでは手痛い損失を被ることになる。

広告詐欺、直視しない企業にも責任


日本アドバタイザーズ協会メディア委員会の山口副委員長に聞く
 広告詐欺は2010年代から世界で問題視されてきたが、日本では十分に認知されていない。日本における発生率は世界平均の2倍超とのデータもあり、もはや看過できない状況だ。ところが被害を受けているはずの広告主における認知度が広告代理店やメディア企業と比べて最も低い。
 企業の中でネット広告の運用担当者は各部門に分散していることが多く、しかも普段の仕事と並行してやっていることがほとんど。マーケティング部門がアカウントを一元管理することが多い欧米企業と比べ、日本では全社的なガバナンスを利かせにくい。この構造的問題が日本で広告詐欺が横行する要因となっている。ネット広告のシステムは非常に複雑だ。社内に専門家を育てなければいけないと確信している。
山口 有希子(やまぐち・ゆきこ)氏 日本アドバタイザーズ協会メディア委員会副委員長。米シスコシステムズや日本IBMを経て、現在はパナソニックコネクト取締役最高マーケティング責任者(CMO)を務める(写真:竹井俊晴)
 企業は自分たちが出している広告費が反社会的勢力に流れていることを重く受け止めなければならない。世界広告主連盟(WFA)は、いずれ広告詐欺が薬物取引に次いで2番目に大きい反社会的勢力の収入源となると警鐘を鳴らしている。
 広告詐欺を野放しにすることは企業にとって重大なコンプライアンス(法令順守)違反のリスクであり、経営者が真剣に捉えるべき問題だ。放置すれば、ひいては民主主義の危機にもつながりかねない。センセーショナルなフェイクニュースを配信するサイトが広告費を不正に詐取している。災害時には、このような悪質サイトが特に増殖する。生成AIの登場で状況はさらに悪化している。
 テクノロジーには世の中を良くする力と悪くする力の両方があるが、現時点では広告主と消費者にとってネガティブな面が強く出ている。こうした状況が続くのは、広告費という「ガソリン」が(リスクへの認識がないままに)注がれ続けているからだといえる。
 反社会的勢力との関わり、フェイクニュースの助長、企業価値の毀損など、広告詐欺は複合的なリスクをはらんでいる。コンプライアンスの観点から、企業には積極的な対策を講じ、詐欺サイトに流れる広告費を止める責任がある。(談)

(日経ビジネス 朝香湧)

[日経ビジネス電子版 2024年5月27日の記事を再構成]

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