人材サービスのパーソルキャリア(東京・千代田)は2月、自社の退職者が集うアルムナイコミュニティーの交流会を開いた。専用サイトでつながっている人々を対面式のオフ会に呼び、コミュニティーを盛り上げる目的だった。
今回は人事や経営企画など転職先の管理系部門で働く人限定で参加者を募集。自動車や製薬など多様な企業に籍を置く人たちがにぎやかなひとときを過ごした。「パーソル時代、仕事は忙しかったが濃いつながりも多かった。集まる機会があると顔を出したくなる」。ある参加者はこう話した。
「卒業生」は貴重な人材プール
多い年には1000人前後を採用するパーソルキャリアにとって、アルムナイは貴重な人材プールだ。23年4月にコミュニティーを発足。「キャリアオーナーシップ(働き手が自らのキャリアを会社任せにせず主体的に考え行動すること)を尊重しつつ良い採用につなげたい」(採用企画部の砥上貴恵氏)という。すでに約1000人が登録しており、約30人が同社に復帰した。
サイトでは採用情報以外に副業募集や再入社社員のインタビューを発信するが、アルムナイ同士のメッセージ交換もできる。同じ会社で働いた経験を共有しているため一般のSNSより連絡のハードルも下がる。「緩くつながると得」な場づくりが会社やコミュニティーへのエンゲージメントを高め、結果的に採用につながっている。
いったん他の企業や業界でキャリアを積んだ上で再入社した働き手は組織に新しい風を吹き込む存在だ。プロダクト企画部の清水彩氏は、「再入社の人が多いと学び合う風土が育まれて刺激になる」と話す。自身も転職先でベトナム人の開発チームを率いるなどして組織運営力や英語力を磨いた。
アルムナイ採用には下の表のように大きく分けて2種類ある。アルムナイコミュニティーのサービスを手掛けるハッカズーク(東京・新宿)の鈴木仁志社長は、「交流型」の魅力について「会社のファンであり続けてもらうきっかけになる」という。
コミュニティー導入には条件
一方、23年10月に「採用直結型」のアルムナイ採用を導入したのが三菱重工業だ。リクルートのカムバック採用代行サービスを導入。退職者が専用サイトに登録すれば経験に合った求人案件を見たり、コーディネーターに相談したりできる。導入後、予想以上に登録が殺到。半年もたたないうちに数百人が登録し、すでに数人に内定を出した。専門性の高さからか航空部品などの部門が多かったという。
同社は年150人規模のキャリア採用計画の3分の1しか達成できない年もあるなど「キャリア採用は弱かった」(HR戦略部上席主任チーム統括の福岡祐一氏)が、サイトの発信情報も工夫し、アルムナイ採用の定着を狙う。
アルムナイコミュニティーは海外が発祥で、世界78カ国に30万人以上のネットワークを持つ米アクセンチュアの事例などが有名だ。日本でも三井物産など総合商社においてビジネスを支え合う仕組みとして存在したが、「ここ2年ほどで一気に採用手法としての側面が注目された」(ハッカズークの鈴木氏)。一定以上のエンゲージメントがある組織で機能するため、退職者を「悪者」「異分子」などとしない風土づくりが重要だ。
その意味でコミュニティーの安易な導入は避けたい。エンゲージメントが低い会社だと人が集まらず、エンゲージメントの低さを露呈するだけになりかねない。「求める人数が多くなければ、社長が代表メッセージに『アルムナイ歓迎』と書くだけでも十分意図は伝わる」(導入企業)との声もある。
「あなたの今後のキャリアについて、ディスカッションしませんか」──。人材紹介会社などを介さず一般の求職者に直接アプローチする手法も増えている。特にSNSで応募者を募る「ソーシャルリクルーティング」では、米リンクトインの存在感が高まっている。
欲しい人材、SNSで一本釣り
日本法人リンクトイン・ジャパン(東京・千代田)の田中若菜代表は「企業が欲しているデジタル人材が多く登録している」と強みを語る。自身もリンクトインで連絡を受け、米グーグルの日本法人グーグル合同会社の執行役員から転身した。
職歴やスキルを登録して交流するビジネス特化型SNSとして、米国では早くから転職に使うツールだった。日本でも転職者の増加やリスキリング(学び直し)への意識の高まりで登録者が増加。生成AI(人工知能)などの学習コンテンツを独自に増やしている戦略も奏功し、国内登録者数は400万人に達する勢いだ。
人事担当者が利用する場合、採用機能は定額課金制。スキルや職歴など、条件を設定して自社にマッチしそうな人を探し、本人にダイレクトメールを送る。経験だけでは選択肢が狭まるため、AIが検索を支援する。関係するスキルを学習中の人や、フォロー傾向からその会社に興味がありそうな人などを、候補として提案するといった機能を備える。
政府のデジタル庁は公募による採用と合わせ、22 年からリンクトインを活用してデジタル人材の採用につなげた。「採用はブランディング。SNSで積極的に情報発信し、将来の転職候補者を育てる」(田中氏)という発想が大事だ。リンクトインでは、多くの企業が公式アカウントを開き、事業内容や求人情報、世間の関心が高いESG(環境・社会・企業統治)活動などについて投稿している。
問われているのは会社の魅力
田中氏が「発信が上手」として名前を挙げるのがNECの森田隆之社長だ。英語で頻繁に投稿し、経営トップとしての考えを発信している。森田氏は3月8日の国際女性デーで社内イベントに参加。リンクトイン上にもビジネスにおける多様性の大切さについてメッセージを投稿した。こうした顔が見える取り組みは、今は転職意思がなくても会社の潜在的なファンづくりや縁づくりにつながる。
リクルートのアンケート結果では、人事担当者が課題と考えているテーマで「中途採用」の回答率が「新卒」を上回った。
一定の社会経験を積んだ働き手を対象とする中途採用には、新卒採用とは違う難しさがある。大企業に特化した転職プラットフォームを運営するBloom(東京・渋谷)の平原俊幸代表取締役は「業界を代表する大企業でも中途採用で悩んでいる」と話す。別の業界から欲しい人材を発掘するのが難しいといった事情があるという。
総務省は潜在層も含めた転職希望者が23年に1000万人を超えたと発表した。国内就業者の約7人に1人だ。大転職時代を迎え、中途採用の重みは増している。今どきの「ネオ縁故」の成否は既存の社員や退職者らを会社のファンとして味方にできるかどうかにかかっている。問われているのは、あなたの会社の魅力なのだ。
(日経ビジネス 薬文江、西岡杏=日本経済新聞社)
[日経ビジネス電子版 2024年4月2日の記事を再構成]
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