「これはいくらですか?」「1000円です」「ありがとうございます」――。外国人労働者向け研修施設「キャムテックエデュックアカデミー成田センター」(千葉県匝瑳市)の教室で、技能実習生ら40人の声が響き渡った。生徒の出身国はインドネシアやベトナム、タイなどが中心で、20〜40代と年齢層も幅広い。
その中の1人であるジェアムジット・パラドンさん(40)は2月末に来日。母国ではタイ国鉄の子会社で、電車の修理などを手掛けてきた。「メンテナンス業務など日本の鉄道技術や知識を学びたい」と、日本語の授業を熱心に受けていた。ジェアムジットさんを含めた6人は、4月にJR東日本に入社した。
同施設の管理責任者の高田智也氏は「ここでは、日本企業で働く上で、一定の水準が求められる挨拶や礼儀、時間厳守の姿勢などを身に付けることを重視している。特に鉄道会社は1分でも遅れると大変だという意識を持ってほしい」と話す。
技能実習生は現地の送り出し機関で約半年間、日本語を勉強した後、さらに日本のこうした施設で1カ月間研修することが義務付けられている。平日1日8コマの授業では、日本語や日本での日常生活に必要な知識を学ぶ。職場で必要とされる「仕事の心構え」や「マナー」に加え、日本の製造現場の生産管理や品質管理に関する授業もある。
JR東は鉄道車両整備で初めて技能実習生を受け入れることになる。大宮総合車両センター(さいたま市)で3年間実習し、台車や輪軸など走行装置のメンテナンス業務で分解や検査・修繕などの技術を習得してもらう。
これまで空調設備の施工などでベトナム人の実習生を受け入れたことはあった。2022年4月から鉄道車両整備も技能実習の対象となったことで、車両の走行に直接関わる職種で外国人材を初めて受け入れる。
今回のJR東による受け入れは、外国人労働者の受け入れ規制緩和を見越した動きだ。
非熟練労働者である技能実習生は在留期間に上限があり、あくまで国際貢献による技術移転を前提とした制度だ。国が19年に導入した在留資格「特定技能」は、一定の技能実習を終えた人が移行でき、在留期間が延長される。製造や介護、建設など人手不足が深刻な分野で、労働者として受け入れられてきた。
政府はこの特定技能に、「自動車運送業」「鉄道」など4分野を追加することを3月末に閣議決定した。例えば自動車運送業は、運転手の残業時間規制による「2024年問題」で、人手不足に拍車がかかると懸念されている業界だ。特定技能への追加が実現すれば、タクシーやバス、トラック運転手、鉄道の運転士や駅員などの業務に外国人が携わる機会が増える。
JR東は鉄道車両整備職での受け入れを、人材育成計画の初期トレーニングと位置づける。同社は「特定技能に鉄道分野が追加された際には、より長期の人材育成プランを構築する」とした。技能実習が終了後も、長く働いてもらう体制を整える。入社した6人も「将来は特定技能に切り替えて、長く日本で働きたい」と口をそろえる。
鉄道業界では車両整備の分野で人手不足感が強まっている。今後もアジア地域を中心に実習生を受け入れ、技術教育を行いながら中長期的な人材確保につなげる。
外国人労働者が人手不足を緩和する施策である一方、特定技能で人命に関わる運転手などの職種が追加されることに関して安全性の面から懸念の声もあがる。接客や安全管理が求められるため、他の分野より一段高い日本語能力が求められる。政府は資格要件の詳細を詰める。
運転手不足が深刻なタクシー業界では、すでに外国人の採用で経験を積んでいる会社もある。日の丸交通(東京・文京)には外国籍社員が約100人在籍する。27カ国・地域の出身で、全社員の5%近くを占める。17年ごろから、ダイバーシティー(多様性)戦略の一環で採用を強化してきた。
同社では外国人ドライバーは永住者や日本人の配偶者など、長期の在住権があるビザ(査証)の所有者が大半だ。ドライバー職に必要な二種免許を日本語で取得しているため、元から言語や習慣の違いを理解しているビザ保有者を採用しているという。
日の丸交通の担当者は「ドライバーは車内で乗客とのコミュニケーションが求められ、ある程度の日本語力や日本の文化・習慣への理解が必要」とし、特定技能にドライバーが追加されても「来日時点でスキルが担保されていないと、採用増にはつながりにくい」と慎重だ。
特定技能の受け入れ枠拡大に向け、政府は24年度からの5年間で最大82万人を受け入れる試算を出した。19〜23年度の2.4倍となる。インバウンド(訪日外国人)の増加もあり、交通機関の現場は逼迫している。
将来的には物流や交通インフラでも、外国人労働者は欠かせない担い手となりそうだ。利用者とのコミュニケーションや地理状況の認識など、他の産業分野にはないハードルの高さが壁となる。安全性の確保に向け、受け入れ企業は外国人支援を徹底することが不可欠となる。
(日経ビジネス 薬文江)
[日経ビジネス電子版 2024年3月22日の記事を再構成]
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