記者2人が殺傷された朝日新聞阪神支局襲撃事件から37年となった3日。多くの人が支局を訪れ、殺害された小尻知博記者(当時29)を悼み、各地で言論や表現の自由を考える催しがあった。

 「他の記者が注目しないところを書いてくれる記者だった」

 宝塚市内の中学校に勤務する本田芳孝さんは、生前の小尻記者が手がけた記事をよく読んでいた。警察が在日外国人に強制具を用いて指紋押捺(おうなつ)をさせていたと追及した記事が強く印象に残っているという。「この事件も含めた過去の歴史から、声に出すことの大切さを学ばなければいけない」と話した。

 小尻記者の記事をきっかけに発足した「釣り糸から野鳥を守る会」代表の吉川恵子さん(66)は、取材で会った小尻さんを「ほんわかとした優しい感じの人だった」と振り返る。「事件がなければ人生を楽しめ、仕事もいっぱいできたのに。悔しい」

 小尻記者がよく取材に行っていた尼崎市のピッコロシアターの広報交流専門員、古川知可子さん(53)は「バッシングを受けるのではと考えすぎて口をつぐんでしまうことで、少しずつ、ものが言えない雰囲気を自ら作ってしまうのではないか」と話す。「今日はもうちょっと勇気を持ちたいと思う日です」とかみしめるように語った。

 元吹田市議の島晃さん(68)は事件の翌年からほぼ毎年足を運んでいる。「無関心が戦争も暴力も生んでいる。ここに来ることで暴力は許さないと表明している」

 事件を直接知らない世代の人たちも多く訪れた。資料室を見学した、西宮市の小学校教員の女性(38)は「暴力で人を思い通りにするのではなく、自分と考えや立場が違う人と交流し、わかりあおうとすることが大事だと子どもたちに伝えていきたい」と話した。

 東大阪市の大学生、橋本龍之介さん(20)は記者志望。どんな事件だったのかを自分の目で見たいと訪れた。「事件を知らない人もいっぱいいる。こんなことがあったんだと伝えたい」(原晟也、原野百々恵、石田貴子)

西宮で5・3集会 「あの日を風化させない」

 西宮市立勤労会館ホール(兵庫県西宮市)では3日、「5・3集会『朝日新聞阪神支局襲撃事件』を忘れない」が開かれた。今年は「国境なき記者団」(RSF)日本特派員の瀬川牧子さんが「世界から日本のメディアを考える」をテーマに講演した。

 2007年以降、この日にあわせて「平和と民主主義を進める西宮・芦屋の会」が開いている。

 開会にあたり、集まった約160人がもくとう。事件で亡くなった小尻知博記者と、重傷を負い、2018年に病死した犬飼兵衛記者をしのんだ。

 講演で瀬川さんは、RSFが毎年発表する「報道の自由度ランキング」で、弾圧や政変などがあるわけではないが、日本がリベリアやレソトなどを下回る68位に低迷していることを指摘した。

 今年1月の能登地震の被災地を、台湾など海外のメディアがどう報じたかを映像で紹介。水道は復旧したが、マンホールが壊れているためトイレが流せないといった状況も伝え、「事件を風化させないと誓うこの日に、知る権利の大切さを考えてほしい」と訴えた。(谷辺晃子)

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