低い投票率とSNSの影響
2024年10月末の衆院選挙では、自民党の派閥裏金問題の影響から自民・公明が大幅に議席を減らし、少数与党に転落。一方、投票率は53.85%と戦後3番目の低さだった。
「政治と金の問題で、政治そのものに不信感を持った人が多かったのでは。投票率の低さはかなりショックです」と、笑下村塾代表・たかまつななさん (31歳) は言う。「政治が信頼できず、距離を置く人が増えるのは、とても怖いことだと思います」
若者の投票率も低い水準にとどまっている。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられてから6回目の国政選挙で、18~19歳の投票率は43.06%。全国平均から10ポイント以上も低かった。その中で注目されたのは、国民民主党が若い世代の支持を得て、公示前から4倍の28議席を獲得したことだ。巧みなSNS戦略が10代から30代にアピールしたと報じられている。
「選挙戦をネットでも展開するか否かが、選挙結果に大きく影響するようになりました。候補者が対面で十分に討論する余裕がなく、政策論争がなかなか深まりません」
ネット経由の一方的な情報だけではなく、社会課題を自分たちの身近な問題として捉え、主体的に考えた上で一票の権利を行使してほしい。若者と政治をつなげるために、たかまつさんは8年前から「笑える!」出張授業を展開し、7万人以上の子どもたちと向き合ってきた。
文化学園大学杉並高等学校での出張授業(2024年10月2日/笑下村塾提供)
「お笑い」に託した思い
なぜ、たかまつさんは主権者教育にお笑いを活用しているのか。
社会問題に関心を抱くようになったのは、小学4年生の時、富士山のゴミ拾い活動に参加し、不法投棄の現状に衝撃を受けたことがきっかけだ。中学生でこども新聞の記者になり、環境問題などの記事を執筆したが、反響はイマイチ。もっと効果的に発信できないかを探る中で、爆笑問題の太田光さんが憲法9条について文化人類学者と対談した本を読み、刺激を受けた。お笑いを通じて社会問題を提起しようと、学業のかたわら笑いの芸を磨き始める。
一方、論文コンクールや言論大会に積極的に応募し、高3の時に国連広報センター賞を受賞。高校生平和大使としてジュネーブ軍縮会議に派遣され、核兵器廃絶を訴えるスピーチをした。
慶応大学時代は、名門フェリス女学院出身を生かしたネタで、“お嬢様芸人”としてお笑い界にデビュー、テレビ・舞台で活躍した。今、人気芸人を出張授業に呼べるのは、この時代に築いた人脈のおかげだ。
2016年、同大学大学院1年の時、選挙権年齢が18歳に引き下げられたのを機に、若者と政治の距離を縮めたいと「笑下村塾」を起業。社名は吉田松陰の私塾「松下村塾」をもじった。
大学院修了後、ディレクター職でNHKに入局。若い世代に向けて政治や社会問題を伝える番組を作りたいと考えていたが、大手メディアの限界を感じ、数年で退局。本格的に主権者教育に取り組み、時事YouTuberとしての活動も始めた。
YouTubeチャンネル「たかまつななのSocial Action!」での発信にも力を入れる©nippon.com
「笑える!政治教育ショーin群馬」
選挙権が18歳からとなった当初は、NPO法人や教育関連機関なども「主権者教育」に取り組んだが、資金不足で休止に追い込まれている。現在も全国規模で活動を続けているのは笑下村塾だけだ。
しかし、決して順風満帆ではなかった。地方の高校へ無料で出張授業を行うこともあったため、交通費、芸人へのギャラ、教材費など費用がかさむ。自身のタレント活動や講演などの収入では賄いきれず、寄付やクラウドファンディングなどで調達してきた。
そんな中で群馬県・山本一太知事とタッグを組めたことは、より多くの子どもたちに授業を届けるまたとない機会となった。県が取り組む「教育イノベーション」の一環として、2022年7月の参議院選挙に向け、同年4月から県内の全高校 (79校)を対象に「笑える! 政治教育ショー」の出張授業を開始、その予算も組まれた。3カ月後の7月の選挙で、同県の18歳の投票率は、前回19年の参院選より8.34ポイント上昇した。 その効果に、山本知事も驚いたという。
昨年、群馬県の高校で出張授業の現場を取材した。講師役の芸人たちが、民主主義や選挙の仕組みについてコントを交えながら分かりやすく説明。若者が投票に行かなければ、政治家は若い世代に向けた政策を優先しなくなる。その結果、いかに自分たちが損をするか、クイズやゲームを通じて学んでいく。
当初、生徒たちは興味なさそうにたかまつさんや芸人たちの話を聞いていたが、次第に身を乗り出し、90分間の授業が終わるこころには目を輝かせていた。
「今まで友達と政治の話はしなかったけど、ゲーム感覚で楽しく学べ、政治が身近に思えた」
「自分でも社会を変えられるかもしれないと希望が持てた」
「選挙には必ず行こうと決めた」
最後には多くの生徒からそんな声が上がり、出張授業の効果を実感できる光景だった。
主権者意識が育つ仕組み
2022年、たかまつさんは欧州を巡り、若者の政治参加の状況を取材した。日本との違いにがくぜんとしたという。
若者の投票率が8割を超えるスウェーデンの中学校では、「政治家と直接話をしたことがある人は?」の問いに、全員が手を上げた。
「選挙期間中は、駅前や街頭に“選挙小屋” が設けられ、各政党がブースを出し、政治家や党員が市民と直接対話します。学校では、実際の政党・候補者に投票する“模擬選挙”があるので、子どもたちも選挙小屋を訪れ、候補者たちに質問をぶつけていました。街頭演説が一方的に行われている日本とは大違いです」
ドイツのベルリン州では、「学校会議」が制度化されていた。会議には校長、教師、保護者代表に加え、生徒代表も参加する。そこでは授業の時間割など学校生活の多くのルールを決め、校長の選任まで行っていた。
「イギリスでもフランスでも、生徒の代表者が、他の子たちの意見を聞いた上で、学校に伝える仕組みがありました。学校側も、生徒代表の声にしっかり向き合っていました。学校内民主主義を実践しているのです」
「一般的に日本の学校では、生徒は管理すべき対象です。子どもを権利主体として捉え、その自由を尊重し、意思を反映しているか、問い直す必要があると思います」
若者にも社会を変える力がある
24年4月日本財団が行った6カ国(日・米・英・中・韓・インド)の「18歳の意識調査」では、「自分の行動で、国や社会を変えられると思う」が45.8%、自国の将来が「良くなる」は15%で、それぞれ調査国中最下位だった。その他の問いでも自己肯定感の低さが浮き彫りになった。
たかまつさんの出張授業では、実際に10代が社会課題を解決した事例を紹介し、生徒に、今どんなことを変えたいと思っているか、変えるためにはどんな手段があるかを考えさせ、発表させる。
文化学園大学杉並高等学校で(2024年10月2日/笑下村塾提供)
「校則を変えたい」「制服を変えたい」「自転車通学の道を広くしてほしい」「通学時間帯の電車の本数を増やしてほしい」。こうした要望の実現手段として、「署名を集める」「SNSに投稿する」「メディアに訴える」「行政や企業に陳情する」から「政治家になる」まで、さまざまな案が挙がる。
「若者の投票率を上げることは大事ですが、それだけを主権者教育の評価指標にしてほしくありません。本来の目的は、若者が自ら考え、行動を起こして社会参画できるように導くことです。自分も社会を変えられると自信を持ってほしい」
高校生が知事の「相談役」に
2023年、群馬県では、出張授業の成果に基づき「リバースメンター制度」を導入。一般的には部下が上司の相談役になる仕組みだが、笑下村塾が運営する制度では、メンターに選出された10人の高校生が知事の相談役になり、自由な発想で政策提言をする。メンターたちの提言を受け、県はさまざまな年代が交流するeスポーツ大会を開催、子宮頸がんワクチンの啓発動画制作やショッピングモールでのワクチン接種など、さまざまな取り組みを実現した。
群馬県にならい、福岡県古賀市も笑下村塾と連携し、高校生リバースメンター制度を取り入れた。全国に広げていきたいが、自治体によって、子どもの意見表明や主権者教育の取り組みに温度差がある。1歩1歩、着実に成果を積み上げていくしかないと、たかまつさんは考えている。
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「少しずつではあるけれど、私たちの出張授業を受けた子どもたちが、実際に校則を変えようと声を上げた事例もあります。高校生にとって、自分の声が社会に届くという経験が何より大事。身近な問題意識から行動を起こしてほしい。小さな成功体験が自信につながり、その自信が社会を変える原動力になるはずです」
究極的には、学校内民主主義の制度化を訴えていきたいと語る。
「そのためには、まず教師が子どもたちを信頼すること。子どもたちは、自分たちの選んだ代表を信頼すること。民主主義は信頼がベースです。例えば、フランスでは生徒の代表が学校運営に参加する仕組みが法制化されています。浸透するまでには、30年かかったと聞きました。日本では50年かかるかも。それでも、子どもたちの声を聞く仕組みづくりが必要です」
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