Q. 認知症高齢者を狙った詐欺事件とは?
ことし6月、1人暮らしで80代の認知症の女性にアパート1室の所有権の一部を高値で購入する契約を結ばせ、現金をだまし取ったなどとして東京・板橋区の不動産販売会社「インターネット不動産販売」の社員らが準詐欺の疑いで逮捕され、その後、起訴されました。判断能力が低下している女性に業者が購入した価格の10倍以上で部屋の所有権を売りつけていたとみられています。
Q. 被害にあった人はみんな認知症だったの?
いいえ。確かに警視庁が立件した事件の被害者2人はいずれも80代の女性で認知症の診断を受けていました。しかし、NHKが独自に調べたところ、この業者は、警視庁が立件した事件のほかにも、10以上の物件を少なくとも61人に売りつけていたことがわかったのです。
NHKは、この6割にあたる37人について取材することができました。ほとんどが80代以上で1人暮らしでしたが、認知症と診断されていたのはごくわずか。多くの方は「認知症の診断は受けていない」と話しました。ただ、取材の際に判断能力や記憶力に衰えが感じられる人も多く、アパートを購入した記憶がないという人や、意思の疎通が難しいと感じられる人もいました。
Q. 業者のだましの手口は?
業者の関係先からは名簿や電話マニュアルなどが押収され、詐欺事件の詳細な手口がわかってきました。捜査関係者によりますと、名簿には、80歳以上の高齢者およそ9万人の名前や住所、電話番号が書かれていて、名簿業者から1人あたりおよそ10円で大量に購入していたということです。
このリストをもとにいわゆる“アポ電”をかけ、認知機能の程度や資産状況などを聞き出していたとみられています。“アポ電”をかける際のマニュアルには、電話でのやりとりの流れや聞き取るポイントが細かく書かれています。
会話の始め方については、「ご無沙汰しております。覚えておられますか?6年くらい前にこの地域の営業担当として1軒ずつ回っていたときに、○○さんから『まだ若いんだから、仕事辞めずに頑張ってね』と声をかけてもらいすごく励みになりました。おからだにお変わりありませんか。昔のお礼をさせて下さい」などと記されています。架空の話を切り出し、相手の反応によって判断能力の低下の程度を見極めるよう指南していたのです。
電話で聞き取った1人1人の情報を『個票』に書き込んで管理していたこともわかりました。
個票には年金額などの資産状況のほか、「独り暮らし」「ヘルパーなし」「人はよく話は聞いてくれる」「結婚、息子の話は嬉しそうに聞いてくれる」といった内容が書き込まれていたということです。
Q. 狙われたのはMCI=軽度認知障害?
こうしたマニュアルについて高齢者の認知機能に詳しい京都府立医科大学の成本迅教授は、軽度の認知症やその一歩手前とされる「MCI=軽度認知障害」の人の特徴を巧みに利用していると指摘しています。「軽度の認知症やMCIの人などは、自分の認知機能が低下していることを『できるだけ悟られないようにしたい』『隠したい』という思いがあるので、マニュアルに書かれているように『覚えていますか?』と言われると、記憶力が低下していると思われるのが嫌なので『覚えています』と答えてしまうことがある。同調性や迎合性があるか、だましやすいかを見極めるために非常に巧妙に作られたマニュアルだ」。
Q. MCI=軽度認知障害とは?
「MCI=軽度認知障害」はもの忘れなどの症状はあるものの、日常生活には支障がなく、認知症と診断されるまでには至らない一歩手前の段階とされています。厚生労働省の研究班はことし、「軽度認知障害」の人の将来の推計を初めて公表し、来年は564万3000人、2040年には612万8000人にのぼるとしています。「軽度認知障害」の人は認知症に移行することが多い一方で、運動や栄養状態の改善によって症状の進行スピードを抑制できる可能性もあるということです。
Q. なぜMCIが狙われる?
警視庁が立件した事件の被害者2人はいずれも認知症の診断を受けていて「インターネット不動産販売」の社員らは、「準詐欺」の罪で逮捕・起訴されました。「準詐欺罪」は被害者が「物事を判断する能力が著しく低下した状態」だったことを立証する必要があります。
ただ、捜査関係者によりますと「MCI=軽度認知障害」のように認知症と診断されていない人の場合には立件のハードルは高いのが実情だということです。また「詐欺罪」についても、アパートの価格が相場より高額だっただけでは罪に問うのは難しく、契約した人がどんな誘われ方をしたのか覚えていないケースも多いため立件にはハードルがあるということです。
捜査関係者は「認知症の診断がない人の場合には、業者側が『ひとりで生活できているし、会話も出来たので判断能力に問題ないと思った。納得して契約してもらった』などと言い逃れするおそれがある」と話しています。
Q. 契約を取り消すことはできないの?
アパートなどの建物や宅地はクーリングオフの対象になっていますが、期間は、説明を受けてから8日以内となっています。そして8日以内であっても代金の全額を支払った場合などにはクーリングオフできません。
今回、取材することが出来た37人のうち12人が「家族に知られるのが恥ずかしい」などの理由で被害に遭ったという認識がありながらも誰にも言いだせず、“泣き寝入り”の状態になっていて、被害の救済も難しいのが実情です。
成本教授は、「認知機能が低下すると周囲に対して『自分は問題ない』『大丈夫です』というアピールが非常に強くなるという特徴がある。子どもには弱みを見せたくないので被害に遭っても周囲の人には言わない。特に子どもには言いたくないということがあるのではないか」。
Q. 被害は広がっているの?
こうした不動産トラブルについて相談を受けている葛田勲弁護士は「同様の手口で高齢者をだましている業者はほかにも複数あり、私たちが把握している被害は氷山の一角だ」と指摘しています。
そして、「被害に遭った人は、日常生活や家事を1人でこなせるが、話しをしている中で『認知機能に問題が出始めているな』と気付くような人がほとんどだった。家族や周囲からは日常生活に問題がないように見えても、認知機能に少しでも低下がみられると、そこに悪質な業者がつけ込んでくる」として注意を呼びかけています。
認知症や「MCI=軽度認知障害」の方が巻き込まれるさまざまなトラブル。私たちは取材を続けます。ぜひこちらに体験談や業者の情報などをお寄せ下さい。
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