マイナ保険証での受付時、カードリーダーに表示される同意の確認画面=東京都で
◆「なぜ教えなきゃいけないんだ」
マイナ保険証で受診すれば、過去5年分の受診歴や薬歴を医療機関と共有できる。厚生労働省は「薬の重複を避けられ、適切な治療につながる」などと情報共有のメリットを強調する。 医師からすれば、患者の状態を把握しやすくなる。ただ、面識のない医師にも自分の情報を知られることを嫌がる患者もいる。 病気に関する情報は、差別や偏見につながる恐れがあるため、患者の同意がない限り、情報は共有されない。受付時にカードリーダーで「診療・お薬」「手術」「健診」の各項目について同意するかどうかを選択する。 それでも「プライバシーは守られるのか」との不安は根強い。 長野県内の診療所で働く看護師は、来院した男性から「なぜ眼科や歯科にまで、オレが糖尿病だと教えなきゃいけないんだ」と怒鳴られた。◆患者の不安も、情報共有も「拡大」
利用者の不安をよそに、病院や薬局に提供できる情報の範囲は広がっている。 運用が始まった2021年時点では、処方された薬と一部の健康診断の2種類の情報だけだった。2022年9月からは診療情報が、2023年5月からは手術歴が加わった。 厚労省によると、今後は具体的な傷病名やアレルギー、感染症まで対象を広げる方針だという。 傷病名については、4年前の国の検討会で、委員が「医師と患者の信頼関係が築かれていない状況では、大きな誤解や混乱を起こす」と異議を唱えていた。 厚労省は「より適切な診断に有用だ」とするが、患者の不安に応えるような説明は聞こえてこない。 東京新聞など全国18の地方紙が8月に実施したアンケートでは、「情報漏えいが不安」との声が目立った。 マイナ保険証の利用に踏み切れないという千葉県船橋市の女性(62)は、「国にはメリットよりも安心につながる情報をもっと伝えてほしい。いくら便利になると言っても、今は不安のほうが勝っている」と語った。◆「同意」していた内容に驚き
情報共有が不安なら同意しなければいい―。そんな声もあるが、専門家は「そもそも同意の取り方に問題がある」と言う。 「この前の歯科も予防接種も…ここまで細かく出てくるとは。気軽に考えていたけど、怖いですね」 東京都町田市の高齢女性は、自分が提供した情報をスマホの画面で確認し、戸惑いの声を漏らした。 個人情報保護に詳しい水永誠二弁護士は、この女性のように「どんな情報を提供するのか知らずに同意する人もいる。事前に説明がないまま、窓口で判断させるのは乱暴」と指摘する。 政府は10月から、同意の方法を簡略化し、項目ごとに取っていた同意を一括でもできるようにした。 水永弁護士は「便利だからと手続きを省けば、ますます同意の意味がなくなる。利便性や効率ばかり優先し、患者の安心・安全を軽んじていないか」と疑問を投げかける。マイナ保険証による医療情報の共有 患者は薬や診療など項目ごとに情報提供に同意するかしないかを選ぶ。特定の薬歴だけ除外するような細かい選択はできない。同意後、24時間は医療機関側が患者の情報をデータベースから取得できる。情報を閲覧できるのは医師、歯科医師、薬剤師のほか、医療機関が認めた事務職員など。患者も、マイナンバーカードの専用サイト「マイナポータル」から「その他のわたしの情報」をクリックし、「健康・医療」の項目を選ぶと自分の情報を閲覧できる。
◆「不同意なら不利益あり」 EUでは同意と認められない形
同意の判断は患者に委ねられているが、医師に気兼ねして拒否しづらいという人もいる。 同意しなければ、患者が窓口で負担する医療費が数円高くなる金銭的な不利益もある。 個人情報の保護を厳格に定めた欧州連合(EU)の一般データ保護規則(GDPR)では、情報の取得側が提供側より強い立場にある場合や、提供を拒むと不利益を被る場合には、有効な同意とみなされない。EUの「一般データ保護規則」 個人情報保護への規制を強化するため、2018年5月に施行。違反すると制裁金が科される。個人情報の取得に際し、利用者から同意を得ることを義務付けている。同意が有効と認められる条件は日本よりもハードルが高く、①自由な同意、②特定された同意、③事前説明を受けた同意、④不明瞭ではない表示による同意、⑤明らかに肯定的な行為による同意、のすべて該当することが求められている。
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