「日本なら路上で飲めると聞いていた」
10月1日の午後6時過ぎ。警備会社の青い制服を身にまとった数人の男性が、日本有数の繁華街「渋谷センター街」(東京都渋谷区)近くの交番前に集まった。青い帽子をかぶり、制服の左胸と背中には「渋谷区防犯パトロール」の文字がプリントされている。男性らは、同日施行されたいわゆる「路上飲酒禁止条例」に基づいて路上飲酒を取り締まるために渋谷区から依頼を受けたパトロール隊員だ。
路上飲酒の禁止を指導するため巡回するパトロール隊=2024年10月4日、東京都渋谷区の渋谷センター街(筆者撮影)
都市部で路上飲酒を通年で禁止する条例施行は全国で初めてだ。2019年に制定していた条例を改正し、規制を強めた。JR渋谷駅周辺では午後6時から翌朝の午前5時まで、路上や公園など公共の場所における飲酒を通年で禁止し、禁止エリアも拡大した。
パトロール隊員は巡回開始早々、道端の植栽を覆うコンクリートの端に腰掛け、缶入りのハイボールを飲むカップルを見つけた。周辺一帯で路上飲酒が禁止されていることを説明する地図を示しながら、飲酒をやめるよう説得する。2人から酒の残った入った缶を受け取ると、中身を捨てて、用意しておいた大きなビニール袋に放り込んだ。
指導を受けたカップルはともに32歳で、アメリカのワシントン州シアトルから観光に訪れていた。飲酒していた女性は「アメリカでは路上飲酒は禁止だが、日本なら飲めると友人から聞いた」と打ち明けた。条例のことは知らなかったと言い、残念そうに「日本中で路上飲酒ができなくなるのか?」と筆者に尋ねてきた。
コロナ禍を機に拡大、常態化
条例制定のいきさつを、渋谷区安全対策課の東浦幸生課長に聞いた。東浦氏によると、路上飲酒はかなり前からセンター街などで散見されていたが、規制に踏み切ったきっかけは、10月31日のハロウィーン当日夜に繰り広げられる大騒ぎが定着したことが大きいという。欧米の風習であるハロウィーンを祝うイベントが日本各地でも盛んになるにつれ、JR渋谷駅周辺に多数の人が集まってトラブルを多発させたのだ。
2018年には、センター街で酔っぱらった若者らが軽トラックをひっくり返し、逮捕されるなど騒乱状態となった。事態を重く見た渋谷区は翌19年、いわゆる「ハロウィーン条例」をつくり、大勢の人が集まりやすいハロウィーンの前後と年末年始に限り、渋谷駅周辺の路上での飲酒を禁じた。
ところが、条例を制定したにもかかわらず、思わぬことが原因で路上飲酒が一段と広がることになる。新型コロナウイルスの感染拡大だ。20年から21年にかけて、感染拡大防止のため飲食店が軒並み営業を取りやめると、路上で酒を飲む人が急増した。新型コロナで外国人の入国は厳しく制限されていたため、路上飲酒をしていた人たちはもっぱら日本人だった。
常態化した路上飲酒は、コロナが収束して飲食店が営業を再開した後も続いた。1人で飲むだけでなく、夜遅くに路上のあちこちで「酒宴」が開かれ、周辺から苦情が出るようになった。さらに、入国制限解除後は、どっと押し寄せた外国人観光客が日本人を真似し始める。こうして渋谷の繁華街では、路上飲酒が通年の光景となったのだ。
JR渋谷駅周辺には、路上飲酒禁止を周知する看板などが掲げられている=2024年10月4日、東京都渋谷区の宮下公園(筆者撮影)
環境の悪化に危機感を抱いた渋谷区は昨年9月、「迷惑路上飲酒ゼロ宣言」をスローガンに、警備員を動員してJR渋谷駅周辺を毎晩パトロールし、路上飲酒の自粛を呼び掛け始めた。だが、旧条例に基づいたお願いベースでの「自粛要請」では効果は乏しく、渋谷区は条例の改正に踏み切らざるを得なかったというのが実情だ。新条例に伴ってパトロール体制も強化。外国人旅行者にも対応できるよう、英語やフランス語、中国語などを話せる人員をパトロール隊に加えた。
路上飲酒の何が悪いのか。東浦氏は「飲酒する集団は道を塞いで交通の妨げになるうえ、ゴミを散乱させ、大声で騒ぐので周囲の店舗が迷惑している。物損や暴力事件が起きたりすることもある」と説明したうえで、こう念を押した。「飲酒自体が悪いわけではなく、悪いのはあくまで路上飲酒だ」。渋谷区商店会連合会の大西賢治会長も、「飲酒自体になんら問題はないが、路上飲酒は街を汚し、トラブルの元にもなる」と取り締まりの強化を歓迎する。
「外国人が日本でやってみたいことの一つ」
そんな期待を背負って施行された条例だが、果たして効果はあるのか。条例施行日と、施行後初めての週末となった10月4日の金曜日に、パトロール隊と一緒にJR渋谷駅周辺を歩いた。
かなりの頻度で路上飲酒に出くわした。たいていは1人、ないしは2~3人で缶チューハイやリキュール類を飲んでいる。まだ時間が早かったせいか、大人数での酒宴には遭遇しなかった。条例制定の効果だろうか、渋谷区の担当者は「これまでの週末と比べるとかなり減ったように感じる」と漏らした。
パトロールに同行してみて、路上飲酒をしているのは外国人旅行者が多いという印象だった。渋谷区ではパトロールを始めた昨年から路上飲酒を注意した人の数を記録しているが、およそ3分の2は外国人だ。歩行者のほとんどが日本人なのに、路上飲酒をする人はなぜ外国人の方が多いのか。
筆者とのオンライン取材に応じるユーチューバーのMJさん=2024年10月2日(筆者撮影)
アメリカのコネティカット州出身で日本在住17年になるユーチューバーのMJさんは「多くの外国人観光客にとって路上飲酒は、東京の街中の公道をカートで走ったり、メイドカフェに行ったりするのと同様、日本に行ったら是非やってみたいと思うことの一つ」と話す。というのも、欧米では公共の場での飲酒を厳しく制限している国や自治体が少なくなく、路上飲酒の体験は旅先での特別な思い出となるからだ。MJさん自身も、来日して日本では公共の場で酒が飲めることを知った時には「awesome(すごい)」と感動したという。
筆者の見た範囲では、国籍にかかわらず大半の路上飲酒者はパトロール隊員の指導を受け入れ、飲みかけのアルコール飲料も素直に差し出した。取材した外国人のほとんどは「条例については知らなかった。条例があるなら、もちろん従う」と答えた。日本人も同様だ。しかし、中には指導に抵抗したり、無視したりする外国人もいた。海外からの旅行者とみられる男性2人は、パトロール隊員に注意されてもアルコール飲料の放棄を拒み、「電車の中で飲むから」と言い訳して立ち去った。
パトロール隊から路上飲酒の禁止について説明されても、手にした缶ビールを手放さない外国人の男性2人組(手前)=2024年10月4日、東京都渋谷区のJR渋谷駅近く(筆者撮影、一部画像を処理しています)
国全体で考えていくべき問題
渋谷区の路上飲酒禁酒条例は、違反者に罰則や罰金を科すことはできない。飲みかけのアルコール飲料も強制的に没収できず、あくまで自発的に差し出してもらうしかない。このため、条例の効果を危惧する声が早くも出ている。
渋谷区が路上飲酒を厳しく取り締まると、他の地区の繁華街に人が流れ、路上飲酒の問題が新たに発生するのではないかという懸念もある。渋谷区が昨年、ハロウィーンの日にはJR渋谷駅周辺に来ないよう交流サイト(SNS)などで呼び掛けたところ、一部の人々が新宿区の歌舞伎町に流れ、大規模な路上飲酒騒ぎが発生した。これを受けて新宿区は今年、10月31日午後5時から翌朝午前5時までの期間限定で、歌舞伎町近辺での路上飲酒を制限する条例を急きょ制定した。
路上飲酒禁止条例について会見する渋谷区の長谷部健区長(右)と新宿区の吉住健一区長=2024年10月7日、東京都千代田区の日本外国特派員協会(筆者撮影)
渋谷区の長谷部健区長と新宿区の吉住健一区長は10月7日、外国人旅行者に条例の周知徹底を図ろうと、日本外国特派員協会で記者会見を開いた。長谷部区長は、条例の施行後も路上飲酒問題で改善がなければ「多くの国同様、厳しく対応する必要がある」と述べ、追加の措置の可能性に言及。その場合は「新宿区と渋谷区が共同で、国や東京都に対し罰則・罰金付きの法律を制定するよう求めていくことも考えている」と述べた。
パトロール隊から路上飲酒禁止の説明を受け、飲んでいたカクテル缶を差し出す外国人男性=2024年10月4日、東京都渋谷区のJR渋谷駅近く(筆者撮影、一部画像を処理しています)
多くの訪日外国人(インバウンド)を迎えれば経済的には潤うものの、習慣や考え方の違いからさまざまな摩擦や問題が生まれやすい。観光立国を目指す日本にとって、渋谷区が直面する問題は一地域だけのことではない。国全体で考え、対応していかなければならない課題なのである。
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