◆不正があった「輪軸」とは?
問題になっている「輪軸」は車輪に車軸をはめ込んで組み立てられる。はめ込んだ車軸が外れないよう、車軸の直径は車輪中央の穴の内径よりわずかに大きく作られている。この差は「締め代(しろ)」と呼ばれ、直径20センチの車軸で0.2ミリ程度とされる。締め代があるため、はめ込みには強い力が必要となるが、強すぎると表面に微小な傷が生じて破断につながりかねない。各社は適切な力の「基準値」を設けて組み立てている。 今回、不正が判明したきっかけは、7月24日にJR山陽線新山口駅で起きたJR貨物のEF210形電気機関車341号機の車軸折損脱線事故。この形式は、東海道・山陽線などで多くの貨物列車をけん引する主力機で、しかも最新鋭の300番台は毎年製造が続けられている。◆JR貨物、社員の申し出で改ざんが判明
JR貨物では1994年6月11日、旧国鉄から継承したED75形電気機関車1007号機が東北線新白河駅で同様の事故を起こしていた。以来、車軸の強度を高め、メンテナンスを改善してきただけに、新鋭機の折損は深刻だった。社内調査の過程で今年9月6日、基準値を超えた場合に、データを基準内に収まったように改ざんしていた事実が社員からの申し出で判明。車両の検査・修繕を担う輪西(わにし)(北海道室蘭市)、川崎、広島の3車両所で不正が行われていたことを10日に公表した。 JR貨物は翌11日に全ての貨物列車の運行を一時停止して、確認。不正のあった対象は、機関車4両、貨車627両に及んだという。7月の事故機も含まれるが、国の運輸安全委員会は車軸の折損によって脱線したのか、脱線の結果で折れたのかは調査中としている。 「組み立ての圧力が強かったために新鋭機の車軸が折れたとは考えにくい。事故当時に何らかの異常な力が加わったのではないか」とみる交通工学の専門家もおり、運輸安全委員会の原因究明が待たれている。◆他社でも発覚、不正を知りながら非公表の社も
JR貨物の不正判明を受け、国土交通省は全国の鉄道事業者に緊急点検を指示。他社も続々と輪軸組み立て時の圧力が基準の範囲を超過、もしくは下回っていた事例を公表した。 JR東海は9月14日、社内の「目安値」を超える圧力をかけていた輪軸が11本見つかったものの、データは自動的に機械に記録され改ざんできない仕様になっており「別の検査で安全は確保されている」と説明した。 一方、JR東日本は20日、2011年ごろから2017年3月にかけて、圧力が社内規定より上回っていた輪軸が46本、下回っていたものが4842本あったと発表。上回っていたものは取り換え、下回っていたものは安全を確認した上で使用を続けて、車両の定期検査時に順次交換しており、発表時で76本が残っていると明らかにした。 この間、2008年から2017年3月にはデータの改ざんも行われたことが2017年3月に社内で判明していたが、公表していなかった。「安全を確認したうえ、法令には抵触しておらず、国に報告しなかった」と同社広報担当者。だが、JR東日本輸送サービス労組の廣川(ひろかわ)尚彦副委員長は「2017年の時点で公表して他の鉄道会社にも情報が共有されていれば(各社の現場の対応が速やかに改められて)今回のような(不正まん延の)事態に至らなかったのではないか」と情報開示に消極的な姿勢を問題視する。 JR東日本の喜勢陽一社長は10月8日の記者会見で、『お客さまに安心してご利用いただくための高いサービス品質は、数値基準など決められたルールをしっかり守ることで確認される。そうした品質管理の徹底という点で、鉄道のプロフェッショナルとして過信があった』と振り返り、『多くのお客さまにご迷惑ご心配をおかけしたことを、深くお詫び申し上げます』と語った。◆「書き換えを口頭で伝承」現場の違和感は吸い上げられず
輪軸の組み立て作業には専門的な知識と技術が必要とされ、指導役から新しく入った作業員へ徒弟制のように受け継がれるという。同様の不正が見つかった東京メトロの荻野智久・車両部長は「(書き換えも)口頭で伝承されていた」と明かす。現場には改ざんに疑問を抱かない雰囲気もあったとされる。2024年7月24日に新山口駅で事故を起こしたEF210形電気機関車341号機(2023年12月23日、東京都府中市で嶋田昭浩撮影)
安全確保に欠かせない重要な仕事とはいえ、収益をじかに生まない作業だけに社内的な立場の弱さを指摘する声もある。JR貨物や東京メトロの社内調査でも、基準値から外れた輪軸を廃棄して作り直す場合の「コスト」や「手間」を考えたという本音が作業員から聞かれた。 今回、JR貨物で不正が判明した経緯をみると、輪軸組み立て作業について、現場から「おかしいのではないか」という疑問の声が上がり、本社へ伝わった。現場の率直な違和感をいかに吸い上げられるかが、長年、繰り返し問われてきた日本の大企業の切実な課題である。◆「言ったもの負けになるから報告しない」
2021年6月に、30年間以上と疑われる鉄道車両用空調装置の検査不正が発覚した三菱電機は、翌22年にかけて数次にわたり調査報告書をまとめている。 同社は2016年に発覚した三菱自動車などの燃費データ改ざんを受けて、2016~2018年度にグループ各社の品質不正の総点検を行い、2017年度と2018年度に関連会社などの不正を見つけたが、鉄道車両用空調装置の不正は見逃していた。報告書は「言ったもの負けになる(不正を認めた者だけが不利益をこうむる)から報告しない方がよい」という考えが社内であったとし「過去の点検活動や内部通報制度では声を上げることができた従業員は限られていた」と、制度が機能しなかった点に注目していた。 JR貨物の犬飼新(しん)・社長は「現場が積極的に発信できる企業風土を」と話すが、実効ある仕組みづくりは容易ではない。 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。