厚生労働省前でシュプレヒコールを上げる伊藤さん(中)ら=1日、東京・霞が関で(木原育子撮影)
1日、東京地裁前。原告の伊藤時男さん(73)=群馬県=の周囲には大勢の支援者がいた。傍聴券を求めて開廷1時間前から長蛇の列。2020年9月の提訴から約4年。支援の広がりが見て取れた。◆61歳、転院先であっさり「入院の必要はない」と判明
伊藤さんは福島県出身。家を出て川崎や横浜で働き始めた16歳の頃、統合失調症を発症して入院。22歳で福島に戻り、大熊町の精神科病院に転院した。 転機は2011年の原発事故だ。原発に近い病院は閉鎖。避難した茨城県内に転院し、入院が必要な症状ではないとあっさり告げられた。この時すでに61歳。入院して約40年がたっていた。 「退院できないことに絶望して何人も自ら命を絶った。自分だけ解放されて終わりではいけない」◆入院の必要性めぐり「公知の事実」とする判決に絶望
自らの長期入院は国が隔離収容政策を改めなかった不作為によるものだとし、「憲法が定める幸福追求権や法の下の平等に反する」として国に3300万円の賠償を求めて提訴した。 東京地裁が出した判決は、原告の請求棄却。絶望させたのはその内容だ。 「統合失調症などの精神疾患を有する患者は他の疾患と異なり、症状・病状による影響で判断能力自体に不調を来すことがある」とし、「本人の同意がなくても入院が必要になる場合があり得ることは『公知の事実』」と判断。入院の長期化は伊藤さんの症状悪化が影響した可能性があり、精神科特有の制度上の問題ではないとした。◆「裁判所の理解にあぜん」「びっくりするほど中身ない」
伊藤さんを支援してきた精神医療国家賠償請求訴訟研究会の古屋龍太代表(66)は判決後の集会で「『公知の事実』とは薄っぺらでステレオタイプな理解だ」と消沈。判断能力が衰えたら「保護」という名の「収容」が肯定されることに「これが裁判所の理解かと啞然(あぜん)とした」と語った。会場にいた医療関係者も「患者さんの調子が悪くなる時はあるが、一時的な『点』で常に判断できないような言い方はおかしい」と続いた。裁判の結果を受けて今後も闘い抜く決意を語る伊藤さん(右)ら=1日、東京・霞が関で(木原育子撮影)
さらに判決では医療保護入院には、処遇が適当か否か審査する精神医療審査会制度があるとし、「退院の意向を病院職員には伝えたが、退院の請求をしたり、弁護士に救済を求めることはなかった」と一蹴。会場からは「そんなの『スーパー患者』じゃないとできない」と疑義も上がった。 伊藤さんに起きたことの事実認定のみにとどまり、国の精神医療の是非を問う本質には「前提を欠く」としてことごとく退けた今回の判決。訴訟代理人の長谷川敬祐(けいすけ)弁護士も、「びっくりするほど中身のない判決だ」と怒りをにじませた。◆必要のない入院「見逃してきたのは国の責任だ」
国の資料では、現在の入院患者28万人のうち強制入院は13万人。このうち5万人は社会制度が整えば退院可能な社会的入院だ。国際的には精神病床を減らし、地域コミュニティーで暮らすあり方が主流で、日本の長期入院の制度は国連から何度も勧告を受けてきた。 伊藤さんは「社会的入院や(退院したい思いをあきらめていく)施設症の人は何万人もいる。それを見逃してきたのは国の責任だ」と言い切った。 かつて伊藤さんは「こちら特報部」の取材に自身の名前について「40年…名前通り本当に時の男になっちゃった。皮肉だよ」とつぶやき「何て因果な名前なんだろう」と涙を浮かべた。 裁判も長く続きそうだ。原告側は控訴することを決めている。伊藤さんが「闘い抜きます。応援をお願いします」と頭を下げると、大きな拍手に包まれた。厚生労働省前でシュプレヒコールを上げる伊藤さん(中)ら=1日、東京・霞が関で(木原育子撮影)
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