9月26日のシンポジウムに出席した佐藤博文弁護士(右から2人目)ら=東京・永田町の衆院第2議員会館で

 防衛省が自衛隊内のハラスメントを調べる「特別防衛監察」の結果を公表し、「ハラスメント根絶」対策のスタートラインに立ってから1年がたった。同省はこの間、有識者会議からの提言を踏まえて防止対策を進めてきたが、現役自衛官や支援者からは「組織の体質は変わっていない」と訴える声が絶えない。組織風土を根本から改めるには、何が求められているのか。(太田理英子)

◆「被害相談で不利益、とにかく多い」

 「被害相談をしたことによる不利益な取り扱いの事例がとにかく多い。隊員から、心の叫びが多く寄せられている」。26日に東京都内であったシンポジウムで、主催した「自衛官の人権弁護団・全国ネットワーク」の武井由起子弁護士は危機感をあらわにした。  元陸上自衛官の五ノ井里奈さんが性被害を訴えたことを機に、防衛省は2022年9月、全自衛隊のハラスメント実態を調べる特別防衛監察を始めた。23年8月に公表された結果では、被害申告は1325件あり、パワハラが76.7%、セクハラが12.3%だった。  結果公表と同時に、外部専門家の有識者会議が「ハラスメントは個人的関係において生じるとみなされ、組織の風土・特性から発生するとの認識で対処されてこなかった」などとし、ハラスメント教育の見直しなど防止対策を提言。防衛省によると、提言内容を踏まえ、外部講師らによる教育や相談窓口の拡充などを進めている。

◆「今の取り組みは有効と思わない」9割

2023年8月、防衛省・自衛隊のハラスメントハラスメント防止に向けた提言を防衛省幹部(中央左)に手渡す有識者会議のメンバー=防衛省で

 だが弁護団の目は厳しい。23年11月から今年4月末までの間、弁護団は現役自衛官や家族らへのオンラインアンケートを3回実施。被害当事者らを対象にした1回目は、143件の有効回答の約9割が「今のハラスメント根絶の取り組みは有効と思わない」とした。  特別防衛監察で被害を申告した人が対象の3回目は、回答者23人のうち13人が申告後に「退職を強要された」や「自分が言いがかりをつけられ処分されそう」と不利益な扱いを受けたと明かした。自由記述欄には「特別防衛監察は公益通報者の把握、制裁に利用されていると実感する」とのコメントもあった。

◆ハラスメント研修なのに実名さらされ…

 ハラスメント被害を巡っては、現役自衛官らが国に損害賠償を求める訴訟が東京などで係争中で、今年に入ってからも札幌や広島で新たに提起された。弁護団は「被害者を保護するどころか不利益を課す現状があるからこそ、こうした裁判がある。今も声を上げられない人は多い」とみる。

9月26日のシンポで、セクハラの被害申告後に受けた二次被害を振り返る女性自衛官(左)=東京・永田町の衆院第2議員会館で

 東京訴訟の女性自衛官は、13年に航空自衛隊でのセクハラ被害を申告後、ハラスメント研修で実名をさらされるなど二次被害を受け続けているとし、冒頭のシンポで「特別防衛監察でも二次被害を申し出たが、過去の事案は調査しないと言われた」と証言。有識者提言後にあった防衛省のアンケートでは個人を特定できる質問が多かったといい、「以前と何も変わっていない」と不信感を募らせる。

◆「防大出身者ばかりでなく、幹部に多様な人材登用を」

 弁護団代表の佐藤博文弁護士は、特別防衛監察での被害申告は氷山の一角だとした上で「まずは被害実態を正面から受け止めて明らかにすることが必要。被害申し立ての対応での法令順守や、幹部に防衛大学校出身者ばかりでなく多様な見識がある人を登用していくことも重要だ」と説く。

防衛省

 隊員のいじめ訴訟などに関わってきた田渕大輔弁護士は「組織防衛が優先され、不都合な事実や被害者の声をにぎりつぶしてきたのが自衛隊。その姿勢を改めない限り体質は変わらず、弱い人の目線に立った組織改革ができなければ意味がない」と注文した。 

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