パワハラ疑惑などで兵庫県議会から不信任決議を突きつけられた斎藤元彦知事。26日に自らの判断を示した。選択したのは身を引く決断ではなく、出直し知事選への出馬だった。似た経過をたどったのが、2002年の田中康夫・長野県知事のケースだが、あの時と比べてどうか。「出直し」という選択肢は有権者の納得を得られるのか。推した政党を含め、責任の取り方を考えた。(西田直晃、山田雄之)

◆「ひとつひとつの対応は適切」小さくなった声量

兵庫県の斎藤元彦知事=9月19日撮影

 「改革を進めるために知事の仕事を続けたい」。26日の会見で出直し選に臨む意向を示した斎藤氏。冒頭の約5分間、就任後の行財政改革の実績を誇示した。  よどみなく語る中、自身のパワハラ疑惑やその後の動きについては「ひとつひとつの対応は適切だが、県政が混乱したと認めざるを得ず、今の状況を結果的におわびしたい」と釈明。声量がやや小さくなった。  一方で「25日に男子高校生から『やめないでほしい』という手紙を渡された。こんな自分にも期待してくれる人がいる。ぐっときた」とも口にした。

◆「責任を感じるのなら辞職が筋では」

 県議会が19日に可決した不信任決議案。発端は3月の告発文書。斎藤氏は「うそ八百」と退け、停職3カ月の懲戒処分を受けた告発者の元西播磨県民局長は7月に死亡した。自殺とみられる。その後、頻繁に寄せられた苦情の電話が県職員の士気に影響した。  県職員へのアンケートなどで疑惑の解明に動いてきた丸尾牧県議(無所属)は「県主催のイベントや知事の外部視察は中止された。県内の首長や経済界からは『来年度の予算編成に支障をきたす』と懸念の声が噴き出した。県政は機能不全に陥った」と明かす。  それでも斎藤氏は30日付で自動失職後、出直し選に臨むと語った。「責任を感じるのなら失職ではなく、自らの意思で身を引く辞職が筋」と前置きした上で、「出直し選への出馬は従来の姿勢の維持を意味する。あり得ない」と断じる。

不信任決議案が可決された田中康夫知事(中)(当時)=長野県庁で

◆2002年に出直し当選…田中康夫氏との「差」

 総務省によると、不信任決議を受けた場合、失職や辞職に伴う出直し選への出馬、身を引く不出馬、議会解散などの選択肢がある。知事の不信任決議案が可決された例は過去4件あるが、議会の解散が選ばれたことは一度もなかった。  斎藤氏と同様、不信任決議後に失職し、出直し選に臨んだのが長野県知事だった田中康夫氏。2002年のことで、出直し選で返り咲いた。  両者の状況は大きな差があるという。政治ジャーナリスト角谷浩一氏は「田中氏は自身の主張を実行するにあたり、奇をてらった政策と批判した県議会と協調できず、トップダウンの政治手法が反発を招いた」と解説し、「斎藤氏の場合、疑惑が噴出する中で求心力が低下し、『知事VS県庁』の図式が鮮明になった。職員アンケートからも顕著。議会と対峙(たいじ)したのは6月の百条委員会の設置以降。構図が異なる」と語る。

◆「大義がない」斎藤氏の訴え

 田中氏が「脱ダム宣言」などを掲げ、県議会と是非を争ったのに対し、斎藤氏の訴えに「大義がない」(角谷氏)のも気にかかるという。さらにいえば議員数60人のうち賛成44、反対5で不信任決議案が可決された田中氏に対し、斎藤氏の場合は全会一致だった。

兵庫県の斎藤元彦知事=9月19日撮影

 「斎藤氏は『私は悪くないので知事を続ける』の一点張り。自分の正義感を押し通すためだけに、県議会や県民を敵に回した。これでは誰も支持しない」

◆「自分は間違っていない、なら解散すべき」

  失職後に出直し選に臨むと語った斎藤氏。責任の取り方をどう考えるべきか。  大阪在住のジャーナリストの吉富有治氏は「彼の筋を通すのであれば、間違っているのは不信任決議した県議会なので、解散に踏み切るべきだった。『自分は間違っていない』『正しかったんだ』というのが本音なら、自身も辞職して信を問う形にし、県議選と知事選の『ダブル選挙』を選ぶべきだった」と話す。  ただ実際には、そうした選択にならなかった。

◆元上司の吉村洋文氏に『製造物責任』

 「日本維新の会には逆風が吹く中、県議選をやれば議席を失う。そうならないように議会解散を避け、恩を売ったと映る面もある。出直し選で返り咲いた後の県政運営もにらみ『名を捨てて実を取る』と考えたのでは」。その返り咲きがあるかといえば「全会派が不信任決議に賛成した。出直し選で応援すれば矛盾することになる。斎藤氏は個人で戦うことになり、相当厳しい情勢になるだろう」。

斎藤氏が知事選に初当選した当時、日本維新の会の代表を務めていた松井一郎氏(右)と副代表だった吉村洋文氏

 責任を問われるべき面々は他にもいる。2021年の前回知事選で推薦を出した維新と自民党だ。  総務官僚だった斎藤氏は知事選の前まで大阪府に出向しており、吉村洋文知事が上司だった。政治ジャーナリストの鮫島浩氏は「維新が兵庫や奈良などへの進出をもくろんだ時期と重なる。吉村氏は『製造物責任』がある」と語る。

◆維新を支え続けた菅義偉氏は「最大の責任者」

 自民も西村康稔前経済産業相ら大物議員が応援演説に入るだけでなく、資金面でも支えた。斎藤氏の政治団体「さいとう元彦後援会」の21年の政治資金収支報告書を公表した県公報によると、収入総額約5500万円の約7割が自民の関係団体の寄付だった。  鮫島氏は「最大の責任者」として当時首相だった菅義偉氏を挙げる。「安倍政権の官房長官時代から野党分断のために維新を支え続け、窓口となった」  では、維新と自民はどう責任を取るべきか。

首相だったころの菅義偉氏。総裁を務めていた自民党が斎藤氏に推薦を出した

◆知事擁立、兵庫にくすぶる長年の「風習」

 鮫島氏は「所属する県議たちの不信任決議をもって、ともに責任を取ったとするかもしれないが、亡くなった職員もおり、手遅れだ」と切り捨てる。  「告発前後には県議会の有力者の耳に斎藤氏の疑惑は入ったはず。告発者探しは許すべきではなかった」と批判し、出直し選での責任の取り方に言及する。  「兵庫では長年、中央官僚を候補者として引っ張り出し、与野党談合で相乗りした。この風習をやめ、県民に責任を持って推薦できる候補を擁立すべきだ」

◆不祥事が相次ぐ維新、資質ある候補者は…

 目を向けるべきは立憲民主党もだ。次期衆院選で「穏健な保守層」を取り込もうとする野田佳彦新代表は維新と近く、選挙協力も示唆する。鮫島氏は「政権闘争は勝たなければ意味がない。小選挙区制で候補が乱立すれば奪回できない」とし「維新に逆風が吹く今、野田氏が主導的に野党候補を一本化させる好機で、手腕が問われる」と捉える。  異なる見方を示すのが、中央大の山崎望教授(政治理論)。「斎藤氏を含め、維新絡みでは政治家の不祥事が相次ぐ。資質のある候補者を見いだす力が乏しいのではないか」と述べた上で「政権交代目的だけの数合わせで近づくのは疑問だ。そもそも安全保障や原発政策など多くの分野で主張が違う」と指摘する。

◆対応の遅れた自民と維新「人権軽視が露呈」

 出直し選では有権者の判断も問われることになる。  山崎氏は「公益通報制度は、県民の誰もが関わる可能性がある仕組み。通報者は保護されなければならない。人権を大切にする社会を守れる候補者を選んでほしい」。次期衆院選を見据えてこう付言した。「一連の問題を巡る自民と維新の対応の遅さは、党の人権軽視の姿勢が露呈した。有権者は忘れてはならない」

◆デスクメモ

 兵庫県知事を見るにつけ、「政治は怖い」と感じる。ひとたび有権者が代表者として選ぶと、大きな権力を持つことに。深刻な事態を迎えても、原状回復はかなわず、納得がいく引責にも至らない。容易に消すことができない痛みといらだち。選ぶ側の責任の重さを改めて思い返す。(榊) 

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