袴田巌さんの再審判決公判での無罪判決を受け、喜ぶ姉、ひで子さん(右から3人目)ら=26日、静岡地裁前

身の潔白を訴え続けてきた袴田巌さん(88)にようやく無罪が言い渡された。事件から58年。判決は検察側の主張を全面的に退け、確定した裁判で有罪の決め手とされた5点の衣類を含む3つの証拠を捜査機関による捏造(ねつぞう)と糾弾した。当時の捜査の検証が避けられない情勢だ。

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戦後の死刑判決が出た事件で再審無罪となった過去4件はいずれも控訴せず確定しており、検察側が控訴するかどうか判断が注目される。

「犯人性を推認させる最も中心的な証拠とされてきた5点の衣類は、捜査機関によって捏造されたものと認められる」。26日の静岡地裁判決は、確定した裁判が有罪判決のよりどころとしたほぼ唯一の物証をでっち上げだと糾弾した。

5点の衣類は確定判決で犯行時の着衣と認定されたものだ。事件から約1年2カ月後の公判中に現場近くの工場のみそタンクから突如見つかった。再審では長期間みそに漬かった衣類の血痕に赤みが残るかが最大の争点となっていた。

この日の判決は弁護側の主張を全面的に認め、「1年以上みそ漬けされた場合にその血痕に赤みが残るとは認められない」と認定した。発見された時点からそれほど遠くない時期にタンク内に隠された可能性が高く、すでに身柄を拘束されていた袴田さんに隠すのは不可能として「犯行着衣であるとの推認に合理的な疑いがある」と断じた。

みそタンクから見つかったシャツ(左)とステテコ=支援者の山崎俊樹さん提供

では誰がタンク内に入れたのか。判決は5点の衣類が見つかった時期は公判で自白調書の信用性が揺らぎ、状況証拠しか存在せず、袴田さんが無罪となる可能性があったと指摘。「捜査機関が有罪を決定づけるために捏造に及ぶことが現実的に想定しうる状況だった」とした。

犯行時の着衣を当初のパジャマから5点の衣類に変更するなどその後の公判での検察側の主張の変遷も踏まえると「捜査機関によって衣類に血痕を付けるなどの加工がされ、隠匿された可能性がある」と指弾した。「証拠の捏造は非現実的で実行不可能」とする検察側の主張は一顧だにされなかった。

再審開始を認めた23年3月の東京高裁決定も衣類について捜査機関による捏造の可能性に言及していたが、今回はより踏み込んだ形だ。

過去の再審無罪事件では捜査の不十分さなどを指摘した例はあったが、証拠の捏造まで言及するのは異例だ。当時の捜査を厳しく糾弾しており、警察・検察双方は検証を迫られそうだ。

事件は日本の再審法制の不備もあらわにした。

血痕の赤みが一躍注目されたのは2010年。捜査段階で撮影されていた衣類のカラー写真を検察側が初めて開示し、鮮やかな赤色が明らかになった。証拠の開示を求める弁護側に応じてこなかった検察側が、裁判所に強く促されてようやく従った末で、最初の再審請求から29年が経過していた。

再審開始は「新規性」と「明白性」を備えた新証拠の存在が条件となる。捜査機関が保有し、確定審で提出されなかった証拠を弁護側が独自に発見するのは困難だが、再審請求審での証拠の取り扱いに関するルールは刑事訴訟法に定めがなく、検察側が開示に応じないケースが目立つ。

検察側と弁護側が証拠開示を巡って対立し、手続きが長期化する再審事件は少なくない。日弁連が支援し再審無罪が確定した18件は事件発生から無罪確定まで平均30年超かかった。

14年に静岡地裁の裁判長として袴田さんの再審開始と釈放の決定をした村山浩昭氏は「審理の進め方は裁判官の裁量に事実上委ねられているのが実態」と指摘。「裁判官次第で進行の停滞などが生じる制度では、冤罪救済の最後のとりでとなり得ず、司法への信頼も損ないかねない」と強調する。

裁判所の再審開始決定に検察側が抗告できることも、時間がかかる一因とされる。

袴田さんの事件でも、14年の静岡地裁の再審開始決定に検察側が抗告。東京高裁が抗告審で再審請求を棄却したが、最高裁に取り消され、23年に東京高裁が再び再審開始を認めるまでに9年を要した。

海外では冤罪事件などをきっかけに法改正し、再審手続きを改善する動きが続くが、日本では法務・検察が法改正に消極的だ。「三審制で確定した判決には重みがある。再審のハードルを下げることは事実上の四審制になり法的安定性を損なう」(検察幹部)との声が根強い。

ただ、袴田さんの事件などをきっかけに超党派の議員連盟も発足し、24年6月に法相に法改正を求める要望書を提出した。法務省の検討会では再審手続きの見直しについての議論も行われている。袴田さんの再審無罪をきっかけに、法改正の動きにつながるかが焦点となる。

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