2021年7月に静岡県熱海市伊豆山(いずさん)で発生し、災害関連死を含め28人が犠牲となった大規模土石流災害は、住宅地の上部に業者が造成した違法盛り土の崩落が原因とされる。業者への消極的な行政指導が問題視されたが、実は他県でも盛り土問題は後を絶たない。とりわけ関東近郊は高度成長期からの開発で大量の土が排出され、不適切な処理が横行してきた。危険な盛り土の現状を追った。(中川紘希)

◆平地だった土地は、見上げるほどの高さに

市条例の許可なく数十メートルの高さに造成された盛り土。約400メートル下った場所に民家がある=栃木県佐野市飛駒町で

 東京都心から北西に90キロほど離れた栃木県佐野市飛駒町(ひこまちょう)の山間地に、高さ数十メートルの盛り土が積まれている。道路から見ると傾斜はきつく崖のようになっており、茶色い地肌がむき出しに。一部は草木に覆われ、奥行きは確認しきれない。道路に漏れ出す土には、コンクリートやタイルの破片が混ざっていた。そばにある川の下流約400メートルには住宅があり、集落へと続く。  「熱海の災害もあった。大雨で土砂が流れてくるのではと不安。かといって何もできない」と話すのは近くの男性(75)。この男性によると、2021年ごろ、大型ダンプが狭い道を行き来し土を捨て始めた。民家がありほぼ平地だった土地は、見上げるほどの高さになっていった。  集落の住民たちは、盛り土の崩落や川の水質汚染を恐れ、21年9月ごろ佐野市に相談。市には500平方メートル以上の土地への盛り土を許可制とする条例がある。市は捨てている市内の解体業者を特定し、撤去を求め指導したが業者は応じず、22年7月には措置命令を出したが、盛り土は増え続けた。苦肉の策として道路脇に「改造ダンプは通報」と警告するのぼり旗も立てたが、効果はなかった。

地元集落と佐野市が業者の盛り土行為を止めるために立てたのぼり旗=栃木県佐野市飛駒町で

◆「行政や警察は何か被害が出ないと動かない」

 市は現在も刑事告発を検討中という。数カ月前にダンプの往来は止まったようだが、男性は「あれ以上入らなくなっただけ。災害が起きてからでは遅いが、行政や警察は何か被害が出ないと動かない」と嘆いた。  不十分な行政指導は、熱海の災害でも問題になった。熱海市は土石流が起きる前の11年、盛り土業者に措置命令の発出を検討したものの、安全対策が一部とられたとして見送った。災害後に静岡県が置いた第三者委員会は「断固たる措置を取らず失敗だった」と非難した。  この反省から、同県は対応を厳格化し、22年7月に罰則を強化した新条例を施行。伊豆山の盛り土の一部は崩れずに残っていたため、同年8月に業者に撤去を命令し、10月に行政が強制的に撤去し費用を請求する「行政代執行」を始めた。

◆「放置するのは行政の不作為」

 ただ他県での対応は鈍い。佐野市の担当者は、問題の盛り土について「適宜指導している」と説明するだけ。代執行をしない理由は「一番はコストの問題。費用の回収も見込めるかは分からない」と話した。せめて盛り土の安定性が確認できれば住民の不安も和らぐが、「崩れる危険性などは評価していない」という。  関東学院大の出石稔教授(地方自治法)は「相手が義務を履行しない、他に手段がない、不履行放置が著しく公益に反する場合は代執行ができる。条件に当てはまるのに放置するのは行政の不作為と言えるのでは」とみる。「代執行はなかなか抜けない刀」と市の姿勢に理解を示しつつも「費用を理由に行わないのであれば、住民の安全確保などを目的とする条例の存在意義が疑われる」と指摘した。

残土処分の山「行徳富士」。業者が処分に応じず40年以上たった今は木々が生い茂る

◆業者「うちだけじゃない。他にもいっぱいある」

 盛り土を造成した佐野市の業者が今月、「こちら特報部」の直撃に応じた。  「うちの所有地に置いているだけ。過剰に泥が入ってしまった。崩れないよういろいろ(対策を)やっている」と主張。盛り土の違法性を問うと「うちだけじゃない。他にもいっぱいある」として、こう話した。「これまでに、よき日本、よき国土を目指し、東京では道路、ビル、橋ができた。結局は出た泥の処分に困って田舎に集められる。この(都市部と地方の)温度差は大きい」  地方に開発のツケを押しつける、構造的な問題という言い分だ。栃木県の運搬業関係者は「この業者は、首都圏で出た土を割安な処分費で受け取り、利益を得ていた」とみる。

◆「人目につかず捨てやすい山や谷が狙われる」

 関東各地でこうした盛り土は後を絶たない。市民団体「残土・産廃問題ネットワーク・ちば」の藤原寿和代表は「高度経済成長期から開発が進み、残土の不適切処分は問題になってきた」と話す。千葉県でも「東京からのアクセスが良く、人目につかず捨てやすい山や谷が狙われてきた」という。

残土処分の山「行徳富士」。業者が処分に応じず40年以上たった今は木々が生い茂る=千葉県市川市本行徳で

 問題の歴史を物語る盛り土が、市川市本行徳の工業地帯にある。市によると、高さ37・5メートル、面積5万平方メートル。東京都内の業者が1980年ごろに市の許可なく運んだ。地元では皮肉を込めて「行徳富士」と呼ばれる。業者は市の撤去の求めに応じず放置され、今は木々が生い茂る自然の山のような見た目だ。  市は「15年以上崩落などは発生していない」とする。今後県の下水処理場の建設に土を使う方針だが、全体の撤去時期は未定だ。2023年9月の市議会では、市議が「市の最高標高地点が行徳富士だとやゆされている」と述べて、市に早急な撤去を要請した。

◆過去の盛り土はなおも放置

 一般財団法人地方自治研究機構(東京)によると、盛り土の規制条例は市川市が1980年に制定したのが先駆けという。危険な盛り土を抱える首都圏の市町村で制定が進み、97年に千葉県が都道府県として初の条例を制定。他県も続いた。  東京に近い地域で後れを取ってきたのが静岡県だ。76年に一定規模の土を動かす行為を規制する条例を施行したが、罰金は最大20万円と実効性は弱かった。首都圏の残土の一部は県内に運ばれ、熱海市伊豆山の残土の中からは、神奈川県二宮町の指定ごみ袋も見つかった。  国土交通省は2023年5月、法人に罰金最大3億円を科すなど規制を強化した盛り土規制法を施行。ようやく全国一律の規制が始まったが、過去の盛り土はなおも放置されている。

沼津市内で開かれた富士山麓の9市町と静岡県警で違反盛り土対策を話し合う会議

◆全国1089カ所で不備不具合

 同省が22年3月にまとめた盛り土の総点検結果によると、全国3万6310カ所のうち1089カ所で、不備不具合(災害防止措置がない、無許可・無届けなど)があった。そこから2年以上たつが、同省は是正状況を確認していない。担当者は「各県が市町と連携し対応するもの」と話す。  ただ関東の都県に聞いても、是正ははかどっていない。東京都は不備不具合のある23カ所のうち1カ所、栃木県は7カ所のうち1カ所で是正したのみ。神奈川県も今年3月時点で、50カ所のうち6カ所を減らしただけと回答した。「業者と連絡が取れない」「指導に応じない」などが理由という。  住民への周知にも温度差がある。静岡、茨城両県が注意喚起のため盛り土の場所を公表する一方で、千葉県は「土砂などの崩落により周辺の人家や公共施設への影響が考えられるのは3カ所残る」としつつも、場所は明らかにしていない。

◆専門家「国が継続して確認を」

 桜美林大の藤倉まなみ教授(環境政策学)は「大雨で崩れる懸念もある。災害対策の取られていない盛り土は、ハザードマップに示すなどして公表すべきだ」と指摘。国に対しても「総点検後に新たに造成された盛り土もある。国が継続して確認していかないと、新法の効果や課題が検証できない」と注文した。

◆デスクメモ

 岐阜の山間地を担当した14年前、3人が亡くなった土砂災害を取材した。専門家と急な斜面を登り、おわんの形に大きくえぐれた崩落の始まりを見た。水は2方向から合流し一直線に住宅を押し流したという。下流の住民の不安を思う。開発の恩恵を受ける私たちも無関係ではない。(恭) 

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