横断歩道は、車のタイヤとの摩擦などで塗料がすり減ることから、交通量の多い場所では2年から3年ごとに塗り直しが必要で、維持管理にかかるコストが課題になっています。

白線の間隔は、標識標示令で45センチから50センチと定められてきましたが、警察庁は塗り直しのコスト削減などを目的に、白線の間隔を90センチまで広げることを可能にする制度改正の方針を打ち出し、ことし6月にかけて意見を募集しました。

これに対し、目の不自由な人たちから「白線の間隔を広げると横断歩道を認識しづらくなる」という複数の意見が寄せられたということです。

警察庁は、視覚障害者の団体に聞き取りなどをしたうえで「すべての横断歩道」を対象にしていた当初の方針を変更し、信号が変わったことを音で知らせる装置と「エスコートゾーン」と呼ばれる誘導ブロックが設置された一部の横断歩道に対象を絞ったうえで、7月26日から制度を開始しました。

警察庁は、目の不自由な人の安全に十分配慮して横断歩道の塗り直しを進め、合理化との両立を図りたいとしています。

白線の間隔を広げる背景は

警察庁によりますと、ことし3月末時点で、全国にはおよそ59万か所、合わせておよそ116万本の横断歩道があります。

交通量が多い場所では2年から3年おきの塗り直しが必要とされていて、新たに横断歩道を設置したり薄くなった白線を塗り直したりするための予算として、今年度は国と地方あわせて82億円余りが計上されています。

全国の警察は、白線のすり減り具合=「摩耗率」をもとに作業の優先度をランク付けし横断歩道の塗り直しを進めていますが、費用面やスケジュールの制約があるのが現状です。

横断歩道での交通事故は年間1万件以上起きていますが、中には白線が見えにくくなったことで重大事故につながったと認定されたケースもあります。

2018年10月、川崎市で横断歩道を横断中の男性がタンクローリーにひかれ、頭の骨を折る大けがを負いました。

運転手は過失運転傷害の罪に問われましたが、裁判所は「白線が完全に消えていて、運転手が横断歩道を認識するのは困難だった」として、運転手に無罪を言い渡しました。

警察庁などは、白線の間隔を広げた場合にドライバーや歩行者からどう見えるかなどを検証し、安全上の支障はないと判断して制度の改正に踏み切りました。

塗り直しの費用を削減できるだけでなく、タイヤとの接触を減らして、白線がすり減るまでの期間をのばすことができ、効率的な維持管理と事故防止両面の効果が期待できるとしています。

費用面では、例えば標準的な幅7メートルの道路で、従来どおり45センチの間隔で8本の白線を引いた場合、1か所でおよそ8万円がかかります。

一方、間隔を90センチまで広げると必要な白線は6本で済み、費用はおよそ6万6000円。1万7000円の費用が削減できるとしています。

目の不自由な人はどんな影響を受けるのか

横断歩道の白線の間隔が広がることで、目の不自由な人たちはどんな影響を受けるのか。当事者に取材をしました。

全く光を感じない「全盲」の吉泉豊晴さんの場合、横断歩道では白線の塗料の盛り上がりを足で踏んだ感覚で、まっすぐ進めているかを確認しているといいます。

吉泉さんは「45センチ間隔は歩幅の範囲に収まるので白線を確認しやすいのですが、90センチになってしまうと手がかりが半分になるので、影響を受けると思います」と話しています。

視野が狭く視力も弱い鷹林智子さんの場合、白線が横断歩道の位置を知るための手がかりになっているといい「白線は少し離れた場所からでも認識しやすいので、それを頼りに横断歩道を見つけて渡っていました。白線が減ってしまうことで、横断歩道に気づけなくなるかもしれず、不安を感じています」と話していました。

専門家 “いちばん大事なのは安全 合理化ありきではない”

交通工学が専門で、制度改正の検討にも参加した埼玉大学の久保田尚名誉教授は「インフラの建設や、維持管理にお金が回らないという大きな状況があり、ほとんど消えかかったような横断歩道が、残念ながら各地でみられる。いちばん大事なのは安全であって、それを達成するために必要なのが合理化だが、合理化ありきではない。視覚障害者の方に意見を聴き、不安が払拭(ふっしょく)されたかなどを確認しながら、運用を進める必要がある」と話していました。

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