東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の汚染水を浄化処理した後に残る放射性物質トリチウムを含む処理水の海洋放出が始まり、24日で1年となった。この間も汚染水の発生は続き、海洋放出を終える見通しは立たず、漁業の被害も収まらない。(荒井六貴)

処理水の海洋放出が続く東京電力福島第1原発=1月、福島県大熊町で、本社ヘリ「おおづる」から

◆放出したトリチウムの総量は…

 東電によると、海洋放出は今月7日から始めた分を除くと、計7回で約5万5千トンに上る。放出したトリチウムの総量は約8兆6000億ベクレル(年間の放出基準は22兆ベクレル)。  付近の海水のトリチウム測定で最も高かったのは、5月3日の1リットル当たり29ベクレル(放出口から北約200メートル地点)で、国基準の1500ベクレルを下回った。  現在、敷地内のタンク約1000基で保管する汚染水や処理水は約130万トン。海洋放出により3万トンほど減った。

 海洋放出 福島第1原発事故で溶け落ちた核燃料(デブリ)に、原子炉に流入した地下水や雨水が触れたり、デブリを冷却したりすることで汚染水が発生。浄化処理しても取り除けない放射性物質トリチウムを含む処理水をタンクで保管してきた。政府は2021年4月、海洋放出の方針を決定。岸田政権が23年8月24日の放出開始を決めた。政府や東電は、放出に反対の福島県漁業協同組合連合会に「理解なしにはいかなる処分も行わない」と約束したにもかかわらず押し切った。

 海洋放出に反発した中国は、日本産水産物を全面輸入停止にした。水産物の価格下落や廃棄などで今月14日現在、東電に約570件の補償請求があり、約190件約320億円が支払われている。   ◇  ◇

◆「今でも反対の姿勢は変わらない」

 東京電力福島第1原発事故に伴う処理水の海洋放出開始と同時に始まった中国による水産物の輸入禁止により、国内の水産業はこの1年、打撃を受け続けてきた。漁業関係者らは「今でも反対の姿勢は変わらない」と訴える。海洋放出をするにあたり「最後まで全責任を持つ」と約束した岸田文雄首相が近く退き、政府の陣容が大きく変わろうとしている今、不安の声も少なくない。(片山夏子)

港で水揚げする浜野仁己さん(左から2人目)=福島県新地町で(片山夏子撮影)

 「台風が近いからかな。今日は全然駄目」。福島県新地町の釣師浜(つるしはま)漁港に20日午後10時過ぎ、タチウオを捕る底刺し網漁から戻ってきた地元漁師の浜野仁己(ひとみ)さん(50)は残念そうに話した。  海洋放出が始まってから2カ月ほどは、全国の応援で魚の値段が上がったが、今は落ちついた。「海洋放出の影響は、自分たちにはないような気がする。でも、海洋放出には今も反対。やめてもらえるなら、今からでもやめてほしい」と言う。

◆「自分たちの生活がどうなるのか、とても不安」

 福島第1では汚染水の日々の発生量は以前より減ったものの今だ止まらず、22日に着手しようとした溶けた核燃料の微量の採取も、先送りとなった。廃炉への道のりは険しく、常に懸念がつきまとう中、漁を共にする息子やその先の代まで心配が尽きない。「自分たちの生活がどうなるのか、とても不安。不安要素は一つでも取り除いてほしい」  政府は「今後数十年にわたろうとも全責任を持って対応する」と約束したが、その顔ぶれは大きく変わろうとしている。「約束は守ってほしいけど、たぶん無理だよね。末端の漁師の意見も聞かず流したし、流す前に『流させてください』と大臣か首相が来るのかと思ったが、それもなかった」と不信感は募る。  相馬双葉漁業協同組合では放出直後に好調となった通販のリピートも続く一方、輸出先を失ったナマコが国内にあふれた影響で値段が下がるなどの影響が出る。今野智光組合長(65)は「政府の約束がどう引き継がれるのか不安がある。政府としての約束。誰がなろうと守ってほしい」と話す。福島県漁連の野崎哲会長は22日、反対の姿勢は変わらないとした示した上で「心配したが、消費者の冷静な判断もあり、この1年を乗り越えられた。いかに政府が変わろうと約束は変わるものではない。放出は一回一回緊張感をもって見続ける」と訴えた。

◆1年前、ピタリと注文が止まった

中国に輸出していた干しナマコやアワビが海洋放出後、輸出できなくなり、台湾などの輸出先を社員と自力で探した澤田正社長

 アワビやナマコ、ホタテなどを扱う宮城県塩釜市の水産加工会社「エスエスフーズ」を営む澤田正社長(64)は、1年前の衝撃を振り返る。「放出前に駆け込み需要があったが、放出後はピタリと注文が止まった。ここまで極端だとは…」  海洋放出で中国や香港の輸出先を失った。仲立ちする商社からは返品され、工場に在庫が山積みとなり、一部は廃棄した。仕事が減り、不安になった従業員が数人辞めていった。  東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受け、ようやく軌道に乗ったところだった。高級食材としての需要も安定し、ナマコとアワビの養殖計画も進んでいた。「このままでは莫大(ばくだい)な借金になる。動かなくては」

◆新たな輸出先を探し、士気を上げたが…

 一時は従業員の士気が下がったが、奔走する澤田さんを中心に盛り返していった。フカヒレの姿煮や味付け牛タンなど取扱商品を増やすとともに、放出翌月から渡航し、新たな輸出先も探し始めた。  澤田さんは輸出先拡大で国の支援策を使おうとしたが、認められなかった。「あれは除外、これは実績がないと言われ、何も受けられなかった」と不満を漏らす。商社の協力もあり、台湾やシンガポールなど輸出先を広げ続ける。ただ、中国の存在は大きく、輸出解禁を待ち望む。「結局、自力でやるしかなかった。国が全責任を取るっていうけど、誰も納得していない」 

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