・各種データなどを基に中国漁船の動きを検証
・魚種豊富な世界三大漁場の一つ、三陸沖で活発操業
・中国政府は日本産水産物を禁輸、矛盾が生じる
日本産水産物の全面禁輸を続ける中国の漁船が、世界三大漁場の一つとして知られる三陸沖などで活発に操業を続けていることが日本経済新聞の調べで分かった。中国は2023年8月に始まった東京電力福島第1原子力発電所の処理水放出に強く反発する姿勢を崩していない。中国政府の見解と中国漁船の動きには矛盾が生じている。
「ここ数年間で最も多くの中国漁船が三陸沖に押し寄せている」。6月、宮城県気仙沼市の気仙沼漁港を訪れると、ある男性漁師(31)はこう漏らし、表情を曇らせた。
三陸沖や道東沖は、暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかる潮目にあたり、世界でも屈指の好漁場だ。中国の漁船も2010年代から大挙して押し寄せ、漁をするようになった。
日本の漁船を威嚇
中国漁船の動きは年々激しさを増し、日本側とのトラブルも増えた。三陸沖で漁をするある日本人男性漁師は「さんま漁の最中、接近する中国漁船から大量のロケット花火を打たれ威嚇された」と明かし、「漁をする場所を譲れ」との強い意図を感じたという。
三陸沖は「冬場の1〜3月を除けば、1年を通じてアジ、いわし、さんまやタラなど多くの魚が取れる」(男性漁師)のが魅力。気仙沼遠洋漁協の鈴木一朗組合長は「三陸沖は、日本の船と中国船をはじめとする外国船の漁場が重なっており、資源の取り合いが激しくなってきた」と話す。
中国政府の指摘と矛盾
その三陸沖だが、23年8月からの原発処理水の放出を機に、中国漁船は激減するかにみえた。中国政府は処理水を「核汚染水」と激しく非難。科学的根拠に基づかない主張を一方的に繰り返し、「中国の消費者の健康を守るため」と、日本産水産物の全面的な輸入禁止に踏み切ったからだ。
だが現場で日本人漁師や漁業関係者などから情報を集めるうち、三陸沖では今なお活発に操業する中国漁船の様子が伝わってきた。実態はどうなのか。
日経新聞は、漁船などに搭載される「船舶自動識別装置(AIS)」が発信する信号から船の動きや操業状況などを把握できる「グローバル・フィッシング・ウオッチ(GFW)」のデータなどを基に、中国漁船が実際、三陸沖でどんな動きをみせているかを過去に遡って検証した。
GFWは、米民間非営利団体(NPO)が米グーグルの協力で15年に立ち上げたデータサービスで、世界の漁業活動の透明性を図り、水産資源の持続可能性を追求することなどを目的とする。
三陸沖は例年、冬場の時化(しけ)がおさまる4月ごろから本格化な漁期に入る。中国漁船に動きが見られたのも、やはり今年の3月下旬。多くの漁船団が中国・福建省福州港など複数の中国の漁港から日本に向けて出港したことを、まず確認した。
その後、下図が示す通り、中国の複数の漁船団は日本の津軽海峡を次々に通過し、太平洋側に抜け、魚種が豊富な三陸沖で一斉に操業を始めた。
日経新聞はさらに、中国漁船が三陸沖でいかに活発に操業をしているのかを調べるため、GFWのデータから操業時間を抽出・集計し、過去との比較を試みた。
比較するエリアは毎年、多数の中国漁船が操業する三陸沖の北緯36度以北、東経148度以西、日本の排他的経済水域(EEZ)に囲まれた海域に設定した。公海上にあり、同エリアは日本漁船も活発に操業している好漁場であることが、下図(24年4〜6月の日中の漁船の操業エリア比較)からも分かる。
集計したデータによると、三陸沖での中国漁船の操業時間は、コロナ禍にあった21年までは停滞したが、22年からは大きく増えたことが分かった。
1日に約50隻の中国漁船
注目すべきは23年8月の処理水放出以降だが、24年の操業時間は処理水放出前とほぼ変わらず、4月には今年のピークを付け、1カ月間の操業時間は約5000時間にも達していることが分かった。多い日には1日当たり約50隻もの中国漁船が操業を続けた。
中国の海洋政策に詳しい九州大学大学院の益尾知佐子教授は「中国政府は漁船の位置情報を一括して把握するシステムを持ち、遠洋漁業を厳格に管理していると主張している。国がこのエリアでの操業を禁止していないということだろう」と指摘する。
中国政府が日本産水産物を禁輸する一方、中国漁船は三陸沖などで活発に操業を続けている状況について、日経新聞は中国当局にコメントを求めた。中国外務省は12日、「日本産水産物に対する緊急措置は、福島原発からの汚染水の海洋放出に対し、国民を守る合法的かつ合理的措置だ。中国政府には国民の健康と食の安全を確保し、海洋漁業の健全な発展を保護する能力がある」と回答した。
さらにデータ分析を進めると、中国漁船は日本漁船とは異なり、海上に長くとどまり、効率的に多くの魚を確保するため、漁船にいくつもの装備を整えたり、複数の漁船がうまく連携して漁をする「分業体制」を敷いたりしていることが分かった。
例えば、三陸沖で操業する中国漁船の一つ「Xinhai(欣海)1206」の写真を分析すると、同船の後方には、網漁に用いる巻き揚げ機のほか、船体右舷には、さんまなどを取る別の漁法の設備も備えていた。
理由について、各国の国境付近での漁業政策に詳しい北海道大学水産科学研究院の佐々木貴文准教授は「1隻の船で、多種の魚を捕れるように船がうまく造られている」と指摘した。1隻の船で様々な魚に対応できれば、長期間にわたって海上にとどまり、漁を続けられるので効率的だ。
分業で効率的に操業
分業体制も進んでおり、取れた魚はその都度、取った漁船が持ち帰るわけではなく、海上で合流した冷凍運搬船に移し替え、中国に持ち帰っていることが分かった。
その一例を下図に示す。3月22日に中国山東省の石島港を出航した漁船「Fu Yuan Yu (福遠漁)8291」は、他9隻の漁船とともに津軽海峡を通過し、4月7日に三陸沖で操業を始めた。
一方、冷凍運搬船「Fu Yuan Yu Leng(福遠漁冷)36」が4月30日、漁船団の後を追うように福建省福州港から出港し、5月11日に北海道の道東沖で漁船団と合流した。GFWによると、そこで魚が冷凍運搬船に積まれた可能性が高い。その後、同船は再び福州港に5月28日帰港した。
こうして三陸沖など日本近海で獲れた魚は、中国船が中国に持ち帰り、中国で水揚げされ「日本産」ではなく「中国産」として流通する。
中国は国策として大量の食料確保に動く。水産物も同様で、日本の漁獲量は年々減る一方、中国は漁船の建造費の補助や衛星データを使った漁場の情報提供など、国が漁業者を支え、世界最大の水産物輸出国の顔を持つ。
ただ、乱獲もあり「中国近海は水産資源が減っており、漁場が豊かな日本の太平洋側にまで操業範囲を広げている」(佐々木准教授)のが近年の状況だ。
「中国の消費者の健康を守る」と、日本の処理水放出に強く反発する中国政府。その一方、日本近海で今なお活発に操業を続ける中国漁船。処理水放出から24日で丸1年。中国が抱える矛盾は、三陸沖にもみえてくる。
(藤井将太、淡嶋健人、森田優里、久能弘嗣)
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