石川雄揮さん(左)の説明を受けながら仕掛けたワナを確認していく(千葉県いすみ市)

千葉県の房総半島で外来生物のキョンが大量繁殖し、問題になっている。そのキョンなどを対象にした狩猟体験を主催する猟師がいると聞き、現地を訪ねた。

「助けを求めて仲間を呼んでいますね」。同県いすみ市の山あい。石川雄揮さん(47)の足元で、茶色い動物がキューンと甲高い鳴き声をあげていた。

キョンだ。シカの一種だというが、思ったより小さい。小型犬ほどか。周囲の参加者が凝視する。絶命の瞬間、場の空気がシュッと固まったような気がした。

プログラムは1泊2日。わなの仕掛けを学び、捕獲や解体を実体験する。最後は肉を焼いて食べる。今回参加したのは12人。全員が狩猟初体験のようだ。

何を思ったのか。会社経営の男性(29)は「命を奪う瞬間はあえて『モノ』だと考えようとした。でも解体する時に触れた内臓が温かい。ああ生きていたんだ、って……」。遠巻きに見守った記者自身、心が揺れなかったといったら噓になる。

シカの一種であるキョン

キョンは「厄介者」として疎まれている。本来は台湾や中国南部に生息。千葉県では観光施設から逃げ出し、定着したとみられる。県によると、推定生息数は約7万1500頭(2022年度)に上る。

農作物被害のほか、鳴き声の苦情や生態系への悪影響が指摘される。行政は「完全排除」を目指すが、繁殖ペースに追いつかない。

狩猟体験を主催する石川雄揮さん(千葉県いすみ市)

石川さんの猟も防除活動の一環だ。しかし、葛藤も抱えているという。「本当に殺さなければいけないのか」。一方で、農家の苦労も分かる。誰かがやらねばならないのなら自分が、との思いがある。

石川さんは20代のころ、戦場ジャーナリストや報道ディレクターとして世界中を飛び回った。報道の世界を離れてもんもんとしていた時、たまたま参加したのが狩猟体験だった。

わなにかかった1匹のシカが仲間に危険を知らせようと鳴いていた。その時、彼自身の説明によれば「何万もの命が自分の体の一部になっていることを細胞レベルで実感した」そうだ。

キョンの焼き肉(千葉県いすみ市)

地域おこし協力隊に応募し、いすみ市に移住したのが15年。その後、合同会社「ハント・プラス」を起こし、狩猟体験を始めた。自身の経験を広く伝えたいと考えたからだ。社員研修として参加する企業もあるという。

外来種は駆除し、在来種は保護する。正しいかもしれないが、そう簡単には割り切れない。もっとも在来のイノシシやシカだって「増えすぎ」といわれ、駆除が進められている。

参加者の一人がつぶやいた「人間の業」という言葉を思い出した。何が正解なのか――。帰りの道すがら考えたが、答えは出ない。ただ、肉の味はいまも覚えている。

(石川淳一)

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