愛知県岡崎市に認知症の人たちが日常的に働く食堂がある。仕事に手間取ることもあるが、働ける喜びは大きい。「働くという選択肢があることが大事」と、関係者は訴える。
「ノリ子さん、お水が入っていないよ」。岡崎市の住宅街にある「ちばる食堂」。店主で介護福祉士の市川貴章さん(43)が、配膳担当の池田ノリ子さん(78)に声をかけた。
3つのお冷やのうち、1つのグラスが空のまま。しまった、とノリ子さんはすぐに水をつぎ足した。
「これは何だろう」。ノリ子さんが取ってきた注文用紙を前に、市川さんが思案顔を浮かべた。書かれていたのは「6ク」の文字。しばらくして「……ロックだ。泡盛のロック!」。〝解読〟の成功に、店内には笑いの輪が広がった。
ノリ子さんは認知症を抱える。同じことを繰り返したり、目の前のものをすぐに把握できなかったり。
それでも働く意欲は人に負けないつもりだ。「自分でお店をやっていたこともある。働けるうちは働きたい」とやりがいを語る。
認知症の人が飲食店で働く試みは、2010年代後半から各地で広がりをみせている。注文などでミスが起きることを前提に、認知症への理解促進を目指す取り組みだ。月1回や期間限定など、常設でない形で展開する例が目立つ。
市川さんが食堂を開いたのは5年前。目をひくのが常設の店舗としたことだ。
介護福祉士として施設で長く働いた市川さんは、認知症の人にできることは少なくないと感じていた。特別な就労支援などでなくとも、地域で働いて社会とつながりたい人は多いのではないか。開業はそんな思いからだ。地元で出した求人には、驚くほど多くの反応があったという。
調理や会計は市川さんが担い、ホール業務をノリ子さんらに任せる。もちろん手間取ることは多い。危なっかしいときは、市川さんが予防的に声をかけて行動を修正する。福祉の専門家としての〝プロ〟の目配りがキモといえる。
それでもパンクしそうになれば、事情を知っている客が手伝ってくれることもあるという。「常連さんを増やすことが大事。普通の飲食店と同じです」。市川さんは笑う。
「認知症の人が働いています」との店内の説明書きを、最近やめた。高度な接客は難しくても、認知症を言い訳にしたくない。「本人たちも小さいトライが成功するたび自信になる」
30年には高齢者の7人に1人が認知症になると推計される。ゼロか100かでなく、状態に応じてできることを探る。接する側もそれを前提に見守る。今後の日本にはそんな柔軟性が欠かせまい。多様な模索がもっと広がるといい。
「こういう選択肢がある社会とない社会は違うはず」。市川さんはそう考えている。(山本有洋)
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