南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)を受け、約5億円の損害が出たという和歌山県白浜町。お盆休みのただ中、普段なら多くの観光客でにぎわうビーチを閉じる決断をした大江康弘町長の苦悩とは? 21日に東京都内で取材した。一問一答で紹介する。(小沢慧一)

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◆「お客さまの命が最優先」と決断

 Q どういう経緯でビーチを閉鎖することに。  A 南海トラフ沿いの自治体は「南海トラフ」という言葉に敏感。政府が地震の確率が高まっているというから「大変なことだ」と慌てた。JR西日本が紀勢線の特急運転を一部区間で取りやめたことも地方にとっては大きい出来事。閉じる決断につながった。

和歌山県にゆかりのある国会議員の事務所を訪れ、白浜町の実情を陳情する大江康弘町長=東京・永田町の参院議員会館で

 Q 反対意見は。  A 旅館協同組合、観光協会、商工会の経済3団体は反対した。特に旅館協同組合は「この時期に困る」と。しかし「もしもの時に責任は取れない。観光町としてお客さまの命が最優先」と私が決断した。旅館協同組合は納得していなかったが、商工会や観光協会は「町長がいうなら仕方ない」と消極的賛成といった雰囲気だった。

◆確率が低いといっても、他に選択肢はなかった

 Q 避難経路を示すなどの対策を取った上で開く選択肢はなかったか。  A 白浜町のビーチには、4分で高さ16メートルの津波が来ると想定されている。普段から3カ所にライフガードを置いているので、いざとなったらマイクで呼びかけができるし、浜から避難経路までは20~30メートルで、近くのホテルは避難場所として協定を結んで対策している。  でも、あんな砂浜だと、1分歩いてもそんなに進まない。津波が来るまで何十分もある想定ならまだしも、4分という時間で逃げるのは不可能。自治体は人命最優先。それ以外の選択は絶対に取れない。いかに確率が低いといっても、政府から危険性があると言われたら、重く受け止めざるを得ない。他に選択肢はなかった。今後も臨時情報が出たら、白浜町はビーチを閉めるだろう。

◆「自己責任」と役場にクレームも

 Q ビーチを閉めた影響5億円。町にとってどれくらいのダメージか。  A お盆はトップシーズン中のトップシーズン。旅館、飲食とか、海水浴観光の業種は白浜町にとって非常に重要。夏が年間の売り上げのほとんどをしめるという業者は多い。被害は大きい。

秡川直也観光庁長官に要望書を手渡す大江康弘白浜町長(右)=東京・霞が関の観光庁で

 Q  5億円の損害を受けて町が政府に陳情するとの報道がされ、国に補償を求めているとの勘違いから、交流サイト(SNS)では「自己責任」と町に批判的な意見も出ている。  A 他の自治体は閉鎖しなかったかもしれないが、私たちは閉鎖せざるを得ないと判断した。それは独自判断なので、国に補償は求めない。役場には勘違いした方から「なぜ勝手な判断をした町に対して私たちの納めた税金を使わなければいけないのか」と苦情の電話もいただいた。私たちはお金がほしいのではなく、次に生かしてほしいという思いで陳情にきた。

◆政府の説明が足りない中、対策は全部自治体任せ

 Q 政府の注意情報の発表の仕方はどうだったか。  A 今回は気象庁がこれまで発表したことがない注意が喚起されて、冠に「南海トラフ」という言葉が付いた。誰が聞いたって重く受け止める。  しかも、この情報はすごくわかりにくく「相対的に地震が起きやすくなっている」と言いながら、「普段の生活を続けながら、備えの見直しを」と、どの程度危機感を持てばいいのかさっぱりわからなかった。これまでも震度6弱くらいの地震はよく起きている。なぜ今回出したのか、その根拠がよくわからなかった。  そういう説明が足りないにもかかわらず、対策は全部自治体任せというのは、今も疑問だし、納得いかない。政府にはこの情報を出すことが本当にそもそも正しかったのか、そこから検証してほしい。

秡川直也観光庁長官に要望書を提出した大江康弘白浜町長(左から2番目)=東京・霞が関の観光庁で

 Q 政府の委員を務める専門家らに取材すると、安全な避難経路を確保できるなら開く選択肢もあったし、2019年に運用が始まっているのだから、自治体は想定しておくべきだったとの指摘もある。  A それは上から目線だ。何様なのだと。法治国家の中央集権の中で一番情報を持っていて、仕組みをつくっているのは気象庁や内閣府。対策も自治体に丸投げにしているのだから、だったらせめてもっと日ごろから言い続けておけと。

◆判断に困らないだけの情報の提供を

 Q 臨時情報が発表された8月8日の会見では、海水浴について評価検討会会長の平田直東大名誉教授が「避難経路の再確認がきちんとできるのであれば、個人的な考えだが、しても問題ないと思う」と答えた。  A 判断しなくてはいけない自治体にとって、個人的なことを言われても困る。小さな自治体だと専門的知識を持っている職員はほぼいない。やはり専門知識が集中する政府で例えば海水浴場はどう対応すればいいのかなど、細かい対策を記したガイドラインを作るなど、判断に困らないだけの情報を提供してほしい。  Q 今後国に何を望む。  A 今回のことで白浜町だけでなく、南海トラフ沿いの自治体全体で「危険な地域」との風評が尾を引く恐れもある。政府にはそういう事態を招かないように何か情報発信をしてほしい。また、遠のいた客足を再び呼び戻さなくてはいけない。集客の回復策を取る知恵を貸してもらうなど何かしらの協力をしてほしい。 

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