<東電 再稼働を問う>  首都圏に電力を送る東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働に向けた地ならしが進む。科学技術と社会との関係を研究し、新潟県が設けた福島第1原発事故の検証委員会で総括委員長を務めた池内了・名古屋大名誉教授は東京新聞のインタビューに「福島への責任を誠実に果たしているのだろうか」と、東電の体質や倫理観に疑問を投げかけた。(大野孝志、荒井六貴)

 池内了(いけうち・さとる) 1944年兵庫県姫路市生まれ。宇宙物理学、科学技術社会論。名古屋大と総合研究大学院大の名誉教授。京都大理学部卒。国立天文台、大阪大などで教授を歴任。「九条の会」世話人、世界平和アピール七人委員会委員。2018年2月から新潟県原発事故に関する検証総括委員長を務めた。今年4月「新潟から問いかける原発問題 福島事故の検証と柏崎刈羽原発の再稼働」(明石書店)を出版し、検証結果と考察を公表した。

 新潟県内では10日までの日程で住民向け説明会が開かれ、経済産業省資源エネルギー庁の担当者らが再稼働の必要性を訴えた。住民からは「事故時の避難計画に問題がある」「東電は事故の賠償ができるのか」と批判的な意見が噴出した。

◆首都圏住民は「受益者」、事故が起きると地元は「受苦者」

 原発立地周辺の住民を、事故が起きれば苦しむ「受苦者」と位置付ける池内氏。「首都圏に住む圧倒的多数の電力の受益者との間で、必然的に差別を生むのが原発という社会システム」と指摘する。原発マネーが入るとはいえ、立地周辺住民は事故の危険にさらされる。受益者は「受苦者の痛みの上で豊かさを得ている」という差別構造を忘れがちだ。  そんな原発のあり方に警鐘を鳴らす。「人間は一度獲得した技術を捨てたがらない。でも、止める決断が必要な技術もある。あきらめることを後退と考えることが、最大の問題なのかもしれない」

東京電力柏崎刈羽原発=新潟県で、本社ヘリ「あさづる」から(安江実撮影)

◆学ぶ姿勢に欠ける東電、責任を意識しているかも疑問

 新潟県は柏崎刈羽の再稼働議論を前に福島の事故の技術面、避難、健康・生活影響を検証する委員会を設置。総括委員長だった池内氏は、検証を進める中で「東電の技術者に、現実を率直に学ぶ姿勢が欠けている。福島の事故直後に『炉心溶融隠し』が浮上したように、東電は事故の情報公開には後ろ向きで現場検証にも非協力的。傲慢(ごうまん)さを感じた」という。  その上で「事故が起きれば、東電の社員らが決死隊となって対応しなければならない事態もあり得る。それだけ恐ろしいモノを動かしているとの覚悟が必要。重大な責任を意識しているだろうか」と首をひねる。

東京電力が原発を動かすことへの適格性について語る池内了氏=京都市内で(大野孝志撮影)

 「原発事故の原因には地震や津波などの天災、設備や設計上の不具合、ヒューマンエラーの3要素がある。いずれも動かす前に手を打つには限界があり、動かす者を信じるしかない。その信頼性が危うい」

◆「責任を負うコストを後回しにするなら、電力会社として不適格」

 特に疑問を抱くのは、福島の事故後の対応で浮かび上がった企業としての倫理観だ。被災者らへの賠償を巡り、東電が約束した最後の一人まで貫徹し、迅速で細やかに、和解仲介案を尊重するという「三つの誓い」を「誠実に果たしているだろうか。言葉だけにするような企業を、人々は信頼できない」と強調した。東電が和解案に従わず、被災者が賠償額を不服として裁判に訴えるケースも多い。  柏崎刈羽を稼働させて経営状況を改善し、福島事故の賠償に充てると東電は主張する。「東電は事故の責任を取るというより、電力自由化を受けた競争を見据えている。責任を負うにはコストが伴う。それを後回しにするなら、電力会社として不適格」と批判した。

 新潟県の検証委員会 2002年に東電の原発トラブル隠し・虚偽報告が内部告発で明らかになり、当時の平山征夫知事が03年、柏崎刈羽原発の安全性に技術的な視点で助言を得るため技術委員会を設けた。泉田裕彦知事が07年の中越沖地震後に強化。「福島の検証なくして再稼働判断なし」として福島第1原発事故を現地調査などで検証した。続く米山隆一前知事が17年、避難と健康・生活影響を検証する2委員会を設置。18年にに議論をまとめる総括委員会を設け、池内了氏が委員長となった。花角英世知事の就任後、各委員会の報告書を総括委で取りまとめる以前に、県民対話などを求める池内氏と知事との間で運営方針を巡り対立。池内氏らの23年3月までの任期は更新されず、事実上解任された。代わって県が同9月に総括報告書を公表した。



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