一般ドライバーが有料で客を運ぶ「日本版ライドシェア」が東京都内で始まって4カ月。首都圏でも神奈川や埼玉、千葉の都市部へと運行地域が広がっているが、なぜか存在感は薄い。行列待ちの解消も期待されたが、果たして利用者や働き手に役立っているか。課題を追った。(中川紘希、宮畑譲)

◆タクシー乗り場には長~い列

 7日午後3時半、東京駅八重洲口前。タクシー乗り場は、外国人観光客や夏休みの親子連れらで混み合い、20メートルほどの列ができていた。「うわ、こんなに並んでいるのか」。港区の自宅に帰ろうとしていた男性(81)は額に汗を浮かばせ、つぶやいた。  男性は、日本版ライドシェアの存在は知っているが、スマートフォンのアプリで呼ぶなどの使い方を把握しておらず、アプリの操作もできないという。この日は20分並んでタクシーに乗った。「普通免許のある運転手なら安全面も心配ない。アプリ以外でも呼べれば使ってみたいけど」

「ライドシェア」の表示灯を掲げた自家用車で業務に臨む男性ドライバー=4月、名古屋市中川区で

 国土交通省は4月8日、一般ドライバーがタクシー事業者の管理の下で有償で客を運ぶ「日本版ライドシェア」の運行を、東京23区や武蔵野、三鷹両市を含む地域と京都の2地域で始めた。コロナ後のタクシー不足解消が狙いで、現在は神奈川、埼玉、千葉を含め、北海道から九州までの計17地域で運行されている。

◆運行はタクシーが不足する時間帯に限られ

 7月21日現在、登録ドライバー数は3468人で1万4749台が稼働。運行時間はタクシーが不足する時間帯に限られ、車両台数は上限が決められている。都内の場合、平日朝や金曜深夜などに走っているが、同省は雨天が予想される場合、時間制限や台数を7月から緩和。8月になって気温35度以上の猛暑日やイベント開催日も、同様の運用をする方針を示した。利便性向上への期待は高まっているかに見える。  ただ、日本版ライドシェアの存在感は薄い。「使ったことがないし、使いたくない」。港区の女性(78)は冷ややかだ。自宅からの駅利用や買い物のため、2日に1回はタクシー会社に配車を頼んでいるが、「誰でも参入できるライドシェアは信用できない。制度として嫌い」と言い放つ。  新宿区の自営業波多野貴裕さん(29)は頻繁に配車アプリを使い、タクシーで移動している。ライドシェアの運行時間帯には、アプリ上にも選択肢として表示されるはずだが、「見たことがない」と苦笑。乗るのに強い抵抗感はないそうだが、「運賃はタクシーと同水準」と記者が伝えると「それならタクシーの方が安心かな」と話した。

観光客らで行列ができるタクシー乗り場=7日、JR東京駅前で

◆タクシードライバーでも「ライドシェアの車、見たことない」

 競合相手になりうるタクシー業界は、どうみているのか。都内大手のタクシー運転手の男性(50)は「解禁当初は会社もおびえていた。1年かけて第2種免許を取った自分は何だったのかとも思った」と漏らす。ただ「ライドシェアの車を見たことがないし、売り上げも落ちていない」という。  別のタクシー会社に勤める運転手の男性(65)も「最近はアプリでお客さんに呼ばれ、ずっと移動している。影響は感じていない」と多忙ぶりを明かす。ライドシェアに反対ではないが、「特に都内は道路が入り組み車も多くて危ない。素人さんに任せていいのか」と懸念した。

◆参入ドライバーは悲鳴 売り上げの半分が手数料に取られる

 岸田文雄首相は5月、ライドシェアの法整備を含めた議論を進めるよう指示。6月公表の「骨太の方針」の中にも盛り込まれた。  しかし働き手からは、悲鳴も上がっている。「これでは稼げない」—。7月29日にオンラインで行われた、規制改革推進会議ワーキング・グループ(WG)の会議。参入ドライバーに聞き取った声が紹介された。

日本版ライドシェアが議題となった規制改革推進会議ワーキング・グループのオンライン会議

 ライドシェアは運行曜日や時間が限られている上に、別の業務をしていた場合、運行前には9時間空けなくてはならない。「制限を撤廃してほしい」といった要望が上がった。社会保険の対象とならないよう、タクシー会社が週20時間未満の勤務を条件とするケースも続発し、「ワーキングプアの温床だ」との声も。売り上げの3〜5割がタクシー会社の手数料となる事例も紹介された。

◆2000人の応募に内定30人

 大阪市域のある企業には約2000人の応募があったが、勤務条件が折り合わずに辞退者が相次ぎ、内定は約30人にとどまったという。  WG委員からは「働き手の利益を全く考えていない。タクシー業界の保護ではなく、利用者の移動を確保し、どう働きやすい制度になっていくか考えてほしい」と注文もつけられた。  4カ月で効果を実感するのは難しいにせよ、利用者や働き手の役に立っているのか。「こちら特報部」が国交省に聞くと、担当者は「アプリ以外でのモニタリング方法が難しい面もある。ただ、着実に輸送実績は積んでおり、効果は出始めている」と答えた。

◆空車なのに「迎車中」、タクシーはアプリ配車を優先?

 タクシー不足の解消を巡ってはWG冒頭、乗りたい人に配車できたかを表す、マッチング率についての河野太郎規制改革担当相の言葉も波紋を広げた。  「タクシーが実際には空車にもかかわらず『迎車中』と表示することで、アプリでの配車依頼に対応できるようにしてマッチング率を引き上げようとする動きが一部であると聞く」。続けて「見せかけのマッチング率を作出するもの」と非難した。斉藤鉄夫国交相は後日、「ご指摘のような事実は国交省としては把握していません」と反論した。アプリ配車を優先し、利ざやを増やそうとする動きがあるという疑念もあるが、政府内に不協和音が生じているように見える。  ジャーナリストの鈴木哲夫氏は「ライドシェアは、規制改革が信条の菅義偉前首相、河野氏が中心に進めている。本来それほど熱心ではない岸田氏が業界にも配慮した結果、現状はタクシーのパート2のような中途半端な形になっている」と政治的な思惑の産物だと分析する。それでも岸田氏が音頭を取るのは、「秋の総裁選を有利に進めるため、菅氏らにいい顔をして引きつけておきたいからだ」とみる。

◆ムリがある 今の枠組み

 こうした現状に対し、ライドシェアには推進の立場をとる昭和女子大の八代尚宏特命教授(経済政策)は「ライドシェアは本来、運送業ではなく、差配するITビジネス。ドライバーは兼業でやるから魅力があり、貴重な労働力も活用できる。タクシー会社が独占し、ドライバーの都合に合わせて働けないのであれば意味がない」と話し、今の枠組みそのものを批判する。  流通経済大の板谷和也教授(交通政策)は「思ったよりドライバーの希望者はいることが分かった。働き方が変われば、やりたい人はいるのだろう。長時間拘束などタクシー運転手の労働問題も明らかになったと言える」と指摘する。その上で、賃金体系などの運用は地方自治体の側で決める方が、実態に即した制度になると提言する。  「移動の需要は住んでいる人でないと分からない。都市によってはもちろん、曜日や時間によっても異なる。国が一律に決めるのがよいのか。地域の実情に応じ、幅のある運用ができるようにするべきだ」

◆デスクメモ

 「夏休みは仕事が減るから、スキマ時間でライドシェアやろうかな」とアプリから求人に応募した知人。前の業務から9時間空ける必要があり、取り分も少ないので「現実的に無理」とあきらめた。働く人の実態を見ず、車両の調整弁として使うだけならば、そっぽを向かれても当然だ。 (恭) 

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