もうすぐ夏休み。大型連休が近づくと話題になるのが、勤務時間外に勤め先の電話やメールを拒否できる「つながらない権利」だ。海外では欧州を中心に数年前から法制化の動きがあるが、日本政府の反応は鈍い。国としての取り組みが進まないのはなぜなのか。(曽田晋太郎)

◆携帯、パソコンの普及で仕事と休みの境があいまいに

 「職業柄、休日や夜中にお客さんや会社から電話がかかってくるのは当たり前です」。16日の昼過ぎ、東京・有楽町駅付近。ホテル営業を担い、顧客の予約を取ったり会員権の販売をしたりしている女性(24)が話した。「それが嫌だと思っていない」が、同僚には休日に社用携帯を持っていない人もいるという。

スマホを見る人(イメージ写真)

 一方、都内の化学メーカーに勤める男性(31)は「緊急のトラブルの時以外は休日などに上司やお客さんから電話やメールは来ない」と語る。「会社から社内で使うチャットに連絡が来ても、気付いた時に折り返しをくれればという感じ。強制的に返事をしなければいけないわけではありません」  携帯電話やパソコンの普及で、労働時間と休息時間の境目があいまいになった現代。フランスでは2017年、従業員50人以上の会社につながらない権利の在り方を労使で協議することが義務付けられた。イタリアなどでも同様に法制化されており、今年に入って米カリフォルニア州でも議会に法案が提出された。

◆コロナ禍でテレワークは進んだが

 日本では、神戸市で2019年、条例制定を視野に全国の自治体に先駆けて「『つながらない権利』に関する有識者会議」が発足。2020年3月に報告書が提出されたが、その後のコロナ禍で議論は止まった。市担当者は「市としてコロナ対応に全力を挙げる中で議論がストップし、現時点でも再開には至っていない」と説明する。

コロナ禍、マスク姿などで通勤する人たち。テレワーク化は進んだが、「つながらない権利」の議論はストップした=2020年、東京都港区で

 一方、連合が昨年行った雇用者の意識調査では、7割が「勤務時間外に上司らから業務上の連絡が来る」と回答。「つながらない権利で勤務時間外の連絡を拒否できればそうしたい」と答えた割合も7割を超えた。結果は今年5月、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」に提出され、連合側はつながらない権利法制化の検討を求めた。  厚労省はコロナ禍を機に2021年3月、テレワークガイドラインを改定。労務管理上の留意点として「時間外や休日のメールなどに対応しなかったことを理由に不利益な人事評価を行うことは適切とはいえない」などと言及した。ただ、テレワーク以外も含めた全般的な「つながらない権利」の指針は作成されていない。

◆長期休暇の文化がない日本

 国内でつながらない権利の法制化が進んでいない理由について、厚労省の担当者は取材に「分析できていない」と説明。連合の法制化の要望については「今まさに研究会で議論されており、いつまでにという時期は決まっていないが、今後方向性をまとめていく」と述べるにとどめた。

厚労省が入る中央合同庁舎第5号館=東京・霞が関で

 青山学院大の細川良教授(労働法)は「日本では2018年成立の働き方改革関連法が法律による初めての絶対的な時間外労働規制で、規制の展開が欧州に比べて遅れている」と指摘。「日本は長期休暇の文化がなく、欧米と比べて休むことへの考え方の違いもあり、なかなか権利が浸透しにくい」という。  その上で「休む時にしっかり休むことがより効率的な仕事につながるという認識を労働者、使用者双方が持つことが大事だ」と強調する。「フランスでも法律では労使協議を定めているだけ。日本でも法律で一律に縛ることは現実的ではなく、現場の実情に合わせた工夫が必要。国は政策的に権利を後押しするガイドラインを示すべきだ」 

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