◆Xで指摘されて発覚 ネットで騒動に
「中国政府や中国国家電網との関係について、根拠のない誹謗中傷や個人攻撃が行われている。本当のことを知ってほしい」。16日の自然エネルギー財団の会見で、大野輝之常務理事は困惑気味に語った。ミスを認め、有識者会議の構成員を辞任した大林ミカ氏も同席した。大林氏の提出資料に中国企業のロゴが埋め込まれた経緯を説明する内閣府の資料。画像処理をしないとほぼ見えない状態(左)だが、背景色を設定すると見えるようになる(右)
財団は2011年3月の福島原発事故を受け、太陽光や風力などの再エネ普及を目指して発足した。設立者はソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏だ。 騒動の発端は先月22日。内閣府の「再生可能エネルギー等に関する規則等の総点検タスクフォース」の第30回会合の資料に、中国最大の送電事業者「国家電網」のロゴと名前が入っていたことだ。ロゴは白い紙に透かしたように入り、白とは別の背景色でなければ分からない状態で、翌23日にX(旧ツイッター)での指摘で発覚した。◆「背後関係」「工作員」飛び交う不穏なワード
資料を作成、提供したのは大林氏だった。ロゴと名前はもともと、16年5月に財団が主催した国際送電網に関するイベントで、招待された中国の公営電力会社の関係者が用意した資料に含まれていた。この資料を引用し、同年12月に大林氏が別の資料を作成した際、ロゴと名前が誤ってひな型に残された。そのひな型を今回の資料作成時にも使用しており、気付かないまま印字されたという。記者会見する自然エネルギー財団の大林ミカ事業局長=16日、東京都千代田区で
内閣府によると、資料の中身は世界と比較した日本の再エネ導入状況など。3月27日に会見した大林氏は「単純なミス。あまりに不注意だった」と釈明。だが、交流サイト(SNS)には「背後関係を洗い出すべきだ」「中国共産党の工作員」といった投稿が相次いだ。財団は4月上旬、財団の財源や中国への渡航回数などを公表し、中国政府や企業との人的、資金の関係は「一切ない」とする報告書を政府に提出した。 財団が誤解の原因の一つに挙げるのが、設立当初から進めてきた「アジア国際送電網(AGS)構想」。東日本大震災を経て安定的な電力確保のため、再エネ資源を相互活用し、各国の送電網を結ぼうという取り組みだ。この構想をやり玉に挙げ、国民民主党の玉木雄一郎代表は会見で「エネルギーの中ロ依存が高まる。生殺与奪を握られてしまう」と批判を浴びせた。住宅の屋根に設けられた太陽光パネル=東京都内で
こうした声に対し、会見で大野氏は「国際送電網はわれわれに限らず、さまざまな団体や研究者、資源エネルギー庁などが議論してきた。中国が最初に提唱したものでもない」と反論。ウクライナなど国際情勢の変化により、20年以降の検討組織は「開店休業状態」だったとも説明し「日本の利益のためだ。決して中ロのためではない」と強調した。 経済産業省と環境省は財団に対し、有識者会合での意見聴取を控える方針を示している。岸田文雄首相は今月17日の参院本会議で大林氏について「外国の政府や企業から不当な影響を行使される関係だったか、人選の経緯などと併せて確認している」と答弁。大野氏は「財団と中国の関係だけが問題となるのは、ためにする議論ではないか。デマがまかり通るのは正常ではない」として、意見聴取を控えるという政府の措置の早期解除を求めた。◆なぜか「国籍」を説明する事態に 戸籍も政府に提出
こうした財団の説明にもかかわらず、ネット民から激しい攻撃にさらされている。例えば「中国企業が作った資料をそのまま日本の資料にしているのに影響がないわけがない」「中国の影響下にあったことを裏付ける強力な状況証拠だ」といった声だ。 大林氏は名前が「偽名」であるとまで疑われ「大分県中津市生まれの日本人であり、国籍も日本」とわざわざ釈明する羽目に。会見では誹謗中傷が続いていることや、政府に戸籍を提出したことも明かした。高圧鉄塔と電線
会見では「この騒動は『再エネヘイト』ではないか」との質問も持ち上がったが、どういうことか。財団によると、2021年の中国のシェアは太陽光パネルを構成するモジュールで78%、蓄電池に搭載されるセルで74%を占める。ともに1%前後にとどまる日本は太刀打ちできていない。 中国に反感を持つ人々からすれば、中国製の太陽光パネルの普及は好ましくない。再エネを推進するのは、中国を利する—という考え方があるからだ。 ただし、財団自体は、こうした「中国1強」の状況を批判している。22年の報告書では「エネルギー安全保障の観点から特定の国による市場支配には問題がある」と指摘。新疆ウイグル自治区の少数民族に対する強制労働が太陽光パネルの生産にも及んでいるとして「容認しがたい」とも示してきた。◆妄想から陰謀論へ…東京都の条例も標的に
ヘイトスピーチに詳しいノンフィクションライターの安田浩一氏は「根底には特定の民族や国籍に関する差別や偏見がある。太陽光発電の是非や将来性を冷静に議論するならいいが、全く関係ないものをわざと持ち出して結びつけ、攻撃材料を作り出す」と右派系の思考回路を説く。「『中国』『太陽光パネル』といった言葉で妄想を刺激し、巨大な陰謀論を想起させるよう仕立てていく」 そうした攻撃の「作法」は、再エネの導入を図る政治家にも及んできたという。東京都の小池百合子知事が22年1月、都内の新築一戸建て住宅に太陽光発電設備の設置を義務付ける条例をつくる方針を掲げた際には、SNS上で「中国からのステルス侵略だ」といった批判が挙がった。小池百合子都知事(資料写真)
22年5月、弁護士の橋下徹氏が大阪市長だった14年に発表した大阪・咲洲の大規模太陽光発電所(メガソーラー)事業に「上海電力」が関わっているとの指摘が持ち上がり「国賊め」などとクレームが殺到。「入札に違法性はない」などと自らのXで否定した。 さらに再エネを妨げる動きと結び付きやすいのが、反原発運動への批判だという。ある政府関係者は、今回のロゴを巡る騒動について「この問題を最初にXで指摘していた人のプロフィルを見ると、原子力業界の関係者だった。原子力ムラの巻き返しが強いと感じる」と明かす。大林氏も会見で「原発の反対運動へのバッシングが、私をあげつらって攻撃してくることはあり得る」と話した。◆「再生エネは民主的で平和のエネルギー」
反原発運動に詳しい新潟国際情報大の佐々木寛教授(政治学)は「化石燃料や原発推進を維持するための的外れな再エネバッシングは近年散見される。国は再稼働に向けて動いており、政府内でも経産省を中心に再エネの可能性をことさら低く評価しようという向きがある」と懸念する。 「原発は国策で始まった中央集権的なエネルギーだが、再エネは地域分散型の民主的で平和のエネルギーといえる」と位置づけた上で、国民が政治的な思惑も含め、政策を見抜く目をもつべきだと主張する。 「そうでなければミスリードされる。再エネにはメリットもデメリットも両方あるが、比較にならないぐらいメリットの方が大きい。可能性を閉ざすことは次世代にとって望ましいことではない」と議論の必要性を説いた。◆デスクメモ
1月に自宅の屋根に太陽光パネルを張り、蓄電池も置いた。購入する電気の量は前年同月より半減し、たくさん発電できる晴れの日がうれしい。パネルは国産が良いと思ったが、より価格が安いドイツ製とした。これが中国製だったら「中国の手先」とでも責められるのだろうか。(恭) 鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。