壁や天井などに描かれたちゃずさんの絵=千葉県柏市で

 でっかいクジラがいる! ウミガメやイルカも。きらめく光が差し込み、極彩色のサンゴが気泡を漂わせる。見上げると、マンタがゆうゆうと水面近くを泳いでいる。ああ、なんだか青い海の底にいるみたい。

壁面に絵を描くちゃずさん。通りがかった人に声をかけられ、笑顔を見せた=千葉県柏市で

◆生まれてから一度も…

 ここは南のリゾート…ではなく、千葉県柏市にある重症心身障害児者施設「光陽園」。駐車場の壁や天井に絵の具で描かれた「海の世界」だ。この施設では3歳から66歳まで、86人が暮らす。障害が重く、生まれてから一度も海や山に行ったことがない人ばかりだ。  「実際に行けなくても、大自然の中にいるような気持ちになってほしいと思いました」。そう語るのは、この壁画の制作者でイラストレーターのちゃずさん(32)=埼玉県。光陽園の依頼で、昨年1月に制作をスタートさせた。

◆視力が弱くても見える鮮やかな色彩

 その絵筆は縦横無尽だ。天井にまで絵を描くのは「寝台型の車いすを使う人が眺められるように」。この1年半で、倉庫のコンクリート壁は、森の木立の間をせせらぎが流れる風景に変わった。エアコンの室外機や排水管も、あっという間に彩られた。

1.エアコンの室外機や排水管もカラフルに彩られている2.中庭の壁面に描かれたちゃずさんの絵3.壁に描かれたちゃずさんの絵4.倉庫の壁などに描かれた森の風景=いずれも千葉県柏市で

 きっかけは光陽園でエレベーターに絵を描く人を探していたこと。管理栄養士の女性職員がちゃずさんのファンで「明るくて元気が出る絵を描く人がいる」と提案。岡野公美(まさみ)事務局長は「色彩がとても鮮やか。視力が弱い人でも見える」と快諾した。

ちゃずさんが最初に描いたガジュマルの壁画=千葉県柏市で(ちゃずさん提供)

◆海が何か分からない子も笑顔に

 ちゃずさんが最初に手がけたのは、エントランスの壁に描いたガジュマル。太陽をいっぱいに浴び、大地に根を張る大木だ。6年前、奄美大島の離島に移住した時の記憶をもとに描いた。移住前は仕事に追われ、都会暮らしに疲れ果てていた。だが2年間の島の生活で大自然に触れ、「創造する喜び」を取り戻した。海に飛び込み、満天の星を眺めた。そんな自身の経験もあって「自然のエネルギーを伝えたい」と考えた。  入所者の反応はどうか。岡野さんは「海が何なのか分からない子も、絵を見て笑う。入所者一人一人が素晴らしい感性を持っていることが分かる」と話す。面会に訪れる家族も絵を楽しんでいる。「わが子の障害を受け止める親の苦しみは想像を超える。少しでも心を和ませられたら」

満面の笑み。介助を受けて絵筆を握り、海の壁画の一部を描く施設の利用者=千葉県柏市で(光陽園提供)

 光陽園は市街地にあり、近所には小学校や幼稚園がある。子どもたちがふらっと敷地に入ってきて、「クジラってこんなに大きいの?」「ねえ、ここにタコがいるよ」と喜んでいる。その横で、ちゃずさんは小柄な体を動かし、今も施設を彩り続けている。

東葛医療福祉センター 光陽園(千葉県柏市酒井根24) 建物の外壁は自由に見学できるが、写真を撮影する時は入所者らが写らないように。

文・出田阿生/写真・木戸佑  ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へメールでお願いします。 

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