教員不足や長時間労働が深刻な課題となる中、文部科学省の中教審=中央教育審議会の特別部会は、去年6月から働き方改革や処遇改善を議論していて、19日、素案を示しました。

素案では、公立学校の教員の給与について、「給特法」という法律で50年余り前の月の残業時間の平均およそ8時間分に相当する月給の4%を上乗せする代わりに残業代が支払われないあり方をめぐり、優れた人材を確保するため月給の上乗せ分を現在の4%から少なくとも10%以上にする必要があるとしています。

仮に10%となれば、文部科学省の試算をもとにすると32歳の教諭で月給およそ30万円の場合、上乗せ分は現在のおよそ1万2000円からおよそ3万円に増額されます。

「給特法」の改正が必要で、10%であれば追加の公費負担は2100億円となりますが、実現すれば半世紀ぶりの引き上げとなります。

一方、給特法については、勤務時間に応じた残業代が支払われない枠組みの抜本的見直しを求める声もあがっていましたが、素案では高度専門職である教員の仕事は自発性や創造性に委ねる部分が大きく職務の線引きが難しいとして、一律で上乗せする枠組みは残ることになりました。

このほか
▽「教諭」と「主幹教諭」の間に中堅ポストを創設し、「教諭」より高い給与にすることや
▽学級担任への手当の加算や管理職手当の改善をすること
▽教科担任制を現在の小学5、6年生から3、4年生に広げることや
▽支援スタッフの配置の充実も盛り込まれました。

特別部会は5月にも議論をまとめることにしています。

教員や専門家など 「給特法」抜本的見直しを訴え

中教審の特別部会の素案を受け、教員や専門家などが文部科学省で会見し、「給特法」を抜本的に見直すよう訴えました。

会見したのは「給特法」について抜本的な見直しを求める署名や要望書を文部科学省に提出してきた教員や専門家などです。

このうち、岐阜県の県立高校に勤める西村祐二 教諭は「『給特法』の枠組みこそが教師を苦しめ死に追いやってきた。残業が減らないことや自分が潰れることは目に見えていて、全力で教職から逃げ出したい思いにかられる」と素案の見直しを訴えました。

教員を志望しているという大学4年生の宇惠野珠美さんは「一人一人の生徒に寄り添いたいと思う教員志望の学生が安心して教職を目指せる社会になってほしい。仕事でもプライベートでもやりたいことができそうになく、労働に見合った対価も得られないとなると教職はかなり魅力の低いものになる」と話していました。

名古屋大学大学院の内田良 教授は「時間とお金がリンクすれば、お金には上限があるので労働時間を減らそうと管理職や自治体が本気になるはずだが、素案ではリンクしないため『定額働かせ放題』は変わらない。公立校ではお金の議論はなく、保護者からの要望や教育論で業務の継続や削減が議論されてきたことが働き方改革が進まない背景で、長時間労働に対価を支払うことで業務に上限が生まれるという認識が必要だ」と指摘していました。

専門家「今回の案で改善できるのか 検証の必要ある」

今回の素案について、教員の働き方に詳しい立教大学の中原淳 教授は「教員の働き方の問題について、教科担任制を含めさまざまな政策が検討されたことは評価するが、スタートラインに立った段階だ。月給の上乗せ分を引き上げたからといって、長時間労働が改善するわけではない。本来は給特法を大幅に見直して労働時間をしっかり意識する仕組みをつくり、超えた分はコストを払うことが重要だ」と指摘しています。

そのうえで「今回示された案で本当に教員の長時間労働が改善できるのか、検証していく必要がある。学校が回らなくなってきているのが現状で、先生がいなくなって授業ができないといったことが頻発している。日本の教育は瀬戸際にあり、さまざまな課題を抱えているので今後も現場の実態に応じて給特法を含め定期的に見直していくべきだ」と話しています。

さらに、国に対しては「長時間労働の是正や人手不足の解決には特効薬はないため、今回示された対策に終始せず、さらに多くの政策を打ち出すとともに予算をしっかりつけることが大切だ。教員の問題を解決し学校が回る仕組みを整えることは、ひいては子どもや社会全体のためになる」と話していました。

働き方改革や処遇改善 素案の内容は

今回の素案では教員の働き方改革や処遇改善について、さまざまな内容が盛り込まれました。

【教員の働き方改革は】
働き方改革については目標を設定すべきだとしたうえで
▽残業時間が「過労死ライン」と言われる月80時間を超える教員をゼロにすることを最優先とし
▽すべての教員が国が残業の上限としている月45時間以内となることを目標として
▽将来的には残業時間の平均が月20時間程度になることを目指すべきだとしています。

また取り組みには教育委員会や学校の間で差があるとして、業務量や改善に向けた進捗(しんちょく)状況をすべての教育委員会が公表する仕組みの検討が必要だとしています。

【学校の体制の充実は】
指導や運営の体制については
▽ほとんどの教科を1人で教えている小学校の学級担任の受け持ち授業数を減らすため、教科ごとに専門の教員が指導する「教科担任制」を現在の小学5、6年生から3、4年生にも広げるとしています。

▽また新卒の教員は学級担任ではなく教科担任にするなどして若手を支援する例もあるとし、いずれも教員の定数改善が必要だとしています。

ほかにも
▽急増する不登校の児童や生徒をきめ細かく支援するため、生徒指導専任の教員や養護教諭の配置の充実のほか
▽教員業務支援員やスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーなどの支援スタッフの配置の充実が必要だとしています。

【処遇の改善は】
上乗せ分の引き上げ以外にも、勤務状況に応じた処遇に向けては
▽「教諭」と「主幹教諭」の間に学校内外との連携や若手教員のサポートを行う中堅ポストを設け、給与体系にも新たな級を創設して「教諭」より高い給与にすることや
▽保護者の相談対応などに取り組んでいるとして学級担任の手当を新たに加算すること
▽管理職の適切な学校運営が必要だとして管理職手当を改善することも盛り込んでいます。

「給特法」は“定額働かせ放題” これまでの経緯

公立学校の教員の給与を定めた「給特法」は、“定額働かせ放題”とも言われ抜本的な見直しを求める声も上がっていました。

教員の仕事は子どもへの対応など特殊性があり勤務時間の線引きができないとして、半世紀以上前の1971年に制定された「給特法」では、残業代を支払わない代わりに月給の4%分を「教職調整額」として上乗せする仕組みになっています。

これは1966年度の勤務実態調査の結果に基づき、当時の月の残業時間の平均およそ8時間に相当するものでしたが、その後、教員の業務は増加して長時間労働が問題となり、実態とかけ離れていると指摘されてきました。

2019年に文部科学省は明確な基準がなかった残業時間の上限を月に45時間以内としましたが、2022年度に6年ぶりに行われた勤務実態調査では
◇月の残業時間が45時間を超えるとみられる教員は
▽中学校で77.1%
▽小学校では64.5%に上り

◇「過労死ライン」と言われる月80時間に相当する可能性がある教員は
▽中学校で36.6%と3人に1人となっています。

こうした現状を受け、去年6月から中教審の特別部会で議論が始まると、長時間労働を助長しているとして「給特法」の抜本的見直しを求める声は高まり、3月には教職員組合が給特法の廃止などを求めるおよそ70万人分の署名を国に提出していました。

独自に改革に取り組む現場からは

働き方改革に独自に取り組んできた現場からは給与の上乗せ分が10%以上になっても、長時間労働の解消には課題が残るという声が聞かれました。

三重県では、素案でもすべての小中学校に配置するよう盛り込まれた、教員業務支援員=「スクールサポートスタッフ」をすでに県内の公立の小中学校や高校、特別支援学校、合わせて500校余りすべてに配置していて、このうち亀山市の亀山中学校では週4日午前中に勤務しています。

教員は
▽教材の印刷や
▽小テストの採点
▽名簿の作成など
依頼したい仕事の内容と期日を「依頼カード」に書いて箱に入れるようになっていて、数学の教員は授業で使用するプリント200人分の印刷を依頼していました。

近所に住むスクールサポートスタッフの寺倉知夏さんは「印刷も時間がかかりますし、先生の働き方が大変だとニュースにもなっているので、少しでもお手伝いができればと思っています」と話していました。

一方、依頼した教員は空いた時間で担任するクラスの生徒が学校での出来事や悩みなどを自由に記入するノートを確認し「一緒によいクラスを作っていきましょう」などと、一人一人にコメントを書き加えていました。

教員は「自分でやりきらなくてはと思っていたが、頼んでいいと思うと心に余裕ができ、提出物へのコメントも増えました。前は仕事に追われ子どもたちに『先生、大丈夫?』と言われることもあったが、今は空いた時間ができ子どもたちとの会話も楽しめるようになりました」と話していました。

この学校ではほかにも、スクールソーシャルワーカーなど、さまざまな支援スタッフと連携していて、生徒が行ってきた校内の清掃も市の予算で配置された事務補助員などに担ってもらい教員が立ち会う日を減らせました。

また
▽今年度からは中間テストを廃止し、休み明けのテストも採点まで外部の業者に委託しているほか
▽欠席連絡も電話対応からメールシステムにするなど
多角的に働き方改革を進める中で教員の残業時間は大幅に減少する傾向にあるということです。

それでも、国が上限としている月の残業45時間を超える教員はいるといい、素案で、月給の上乗せ分を10%以上に引き上げつつ勤務時間に応じた残業代が支払われない枠組みが残されたことについては、教員から「現場でも削減の努力は必要だが、働いた分の対価を得られる制度にしてほしい」という声も出ていました。

岡田健次 校長は「いろいろな取り組みを進めてきて月45時間を超えるケースも減ってはいるが、生徒指導や部活の対応などで超えてしまうこともあります。上乗せ分4%は現代には見合わないと思ってきたが、それが仮に10%以上になっても解決策ではない。勤務の時間を減らすこと、子どもに向き合える時間をつくること、そのためにいろんな手だてが必要だと思います」と指摘していました。

教員の採用倍率 過去最低 なり手不足が深刻化

教員をめぐっては、子どもの不登校やいじめが過去最多となるなど役割が増す一方で、採用倍率は過去最低となり、なり手不足が深刻化しています。

学校を取り巻く環境は大きく変化していて、1人1台配備された端末を活用した学びに加え、予測困難な時代においても子どもたちが主体的に生きていけるよう、深い学びが求められています。

素案では、子どもたちの状況は複雑化、困難化しているとしています。

2022年度
▽不登校の小中学生はおよそ30万人と過去最多に
▽いじめの重大事態も923件と過去最多となり
▽子どもの暴力行為もおよそ10万件と増加傾向にあります。

特別支援学校や特別支援学級に在籍する子どもも急増しているほか、子どもの貧困やヤングケアラーの問題も指摘され、支援の必要性も増しています。

一方で、教員の過重労働が指摘される中、精神疾患で休職した公立学校の教員は2022年度は6539人と、初めて6000人を上回りました。

昨年度、2023年度に採用された公立学校の教員の採用倍率は3.4倍と過去最低となり、中でも小学校は2.3倍と5年連続で過去最低となっています。

教員不足で、担任がいなかったり教科の免許がないまま教えたりと、子どもたちの学びや支援にも深刻な影響が広がっていて、今回の議論を経てどこまで実効性のある対策につなげられるか、重要な局面を迎えています。

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