7日に投開票された東京都知事選では、過去最多を大幅に更新する56人が立候補したことで、ポスター掲示板の掲示枠が足りなくなるという前代未聞の事態が発生した。 都選挙管理委員会は急きょ、一部の候補者にクリアファイルや画びょうを配布し、掲示枠を継ぎ足してポスターを貼ってもらうという異例の対応を取ったものの、複数の候補者が「公正な選挙に反する」などとして都を提訴した。 公選法が想定しない事態になり、同法改正の議論に発展。都選管を訴えた候補の思いとは。(小寺香菜子、吉田通夫)

掲示板の枠外にガムテープとクリアファイルを使ってポスターを貼るアキノリ将軍未満氏=7月3日、東京都港区で

都知事選の枠外ポスター 約1万4000カ所に設置された都知事選のポスター掲示板は、いずれも48人分の掲示枠が用意されていた。しかし、政治団体「NHKから国民を守る党(N党)」が公認候補を19人擁立するなどし、立候補者は56人に。都選管は告示日の6月20日、届け出順が49番目以降の候補者に、既設の掲示板の外周に、クリアファイルにポスターを入れて画びょうで留めて貼るよう求めた。掲示板を増設しなかったことについて、都選管の織田祐輔選挙課長は告示日の20日、報道各社の取材に「われわれができる精いっぱいの対応だった」と話していた。

◆「掲示に3~4倍の時間がかかる」

都を提訴したのは、候補者だったアキノリ将軍未満氏(届け出番号56番)が代表を務める政治団体「ネオ幕府アキノリ党」と、小林弘氏(届け出番号50番)。 アキノリ将軍未満氏の陣営は、3日までに約600枚のポスターを掲示。ポスターをクリアファイルに入れて画鋲などで留め、さらにガムテープで補強しなければならなかったため、「掲示作業に通常の3~4倍、時間がかかった」といい、増加した作業分の費用や時間に関わる損害が発生したと説明している。 さらに、クリアファイルに入れたポスターは雨風にさらされて曲がったり、ファイルごとはがれたりし、選挙活動の表現の自由・宣伝活動に関わる権利と、有権者の知る権利が侵害されたと主張。アキノリ将軍未満氏は、少なくとも20枚のポスターがはがれているのを確認したという。

クリアファイルが取れかけているアキノリ将軍未満氏のポスター=7月5日、東京都千代田区で

◆「もし小池さんや蓮舫さんが枠外だったら…」

アキノリ将軍未満氏の陣営は、ポスターがクリアファイルを使った掲示になると知ったのは告示日の昼だとし、事前に知っていたら「違う対応をとれた」と話す。 告示日の朝に49人以上が一斉に届け出ていた場合、小池百合子氏や蓮舫氏らいわゆる「主要候補」が枠外になっていた可能性もあるとして、「もし小池さんや蓮舫さんが枠外だったら、都の人員を集めて、徹夜でも対応していたのではないか」とも訴えた。 アキノリ将軍未満氏の政治団体は、4日に東京地裁に訴状を送付。都に対し、1円の損害賠償と、今後の選挙で掲示板の公平な運用がなされるよう求めている。「1円訴訟」は、原告が金銭目的ではなく法律的な確認を求める際に使われることが多い。アキノリ将軍未満氏は「単に賠償してほしいという話ではない。訴訟を契機に広く社会に対し問題提起したい」としている。

◆「風で曲がって、顔も名前も見えない」

小林弘氏も3日、都と小池百合子知事、都選管委員長に対し、ポスター印刷代などの選挙費用2000万円の損害賠償を求め東京地裁に提訴した。 小林氏は「ポスターを貼っても風で曲がってしまい、結局ポスターの顔も名前も見えない。都選管に是正を求めたが、何の対応もしてくれなかった。公平でも平等でもない」と憤る。「ポスターがはがれている」との連絡を少なくとも10件受け、対応に追われたという。 都知事選は7日に投開票され、アキノリ将軍未満氏は792票、小林氏は7408票の得票にとどまり落選した。一夜明け、アキノリ将軍未満氏は「ポスターの問題はそんなに影響はなかったかもしれないが、はがれ落ちたり、手間がかかったりしたのは事実だ」と語った。小林氏は「ポスターを貼るのに時間がかかったせいで、結局200枚のポスターが貼れなかった。不平等だ。全部のポスターが貼れていれば、もっと票を集められたのではないか」と憤った。

クリアファイルがめくれて曲がっている小林弘氏のポスター=7月5日、東京都杉並区で

◆「枠が足りなくなるのは想定できたのに」

都選管は4日、東京新聞の取材に「訴状が届き次第、選挙管理委員会の方に諮り、対応を検討するような流れになろうかと思う」と答えた。 枠外のポスター掲示を巡っては、松本剛明総務相が選挙期間中の6月25日の記者会見で「平等、公平性という点で問題が指摘されていることは、私たちもしっかり受け止めていかなければいけない」と述べた。世田谷区の保坂展人区長も6月27日の記者会見で「大雨の季節、風も吹く。公平な選挙とは到底いえない。枠が足りなくなるのは想定できる事態だったのに、どうして対応できなかったのか」と疑問を呈していた。

◆公選法改正の議論に発展

今回の都知事選を巡っては、枠外掲示のほかにも、N党が候補者のポスターの枠を売却したり、奇抜な政見放送が相次ぐなどし、物議を醸した。 公明党は「公費による支援により、有権者に候補者を選んでもらうための大事なポスター掲示であり政見放送。非常識な形で行われていることは許しがたい」(北側一雄副代表)として、公選法の改正に向けたプロジェクトチームを設置した。 松本総務相も7月5日の記者会見で「政治を行う意思を有する各立候補者の政見の情報提供が阻害され、有権者が必要としている情報にたどり着けない恐れがあるとの指摘もある」と述べ、議論を注視する考えを示した。 

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