精神疾患がある当事者らでつくる「人権精神ネット」(兵庫県)の調査で、一部の精神科病院で入院患者のスマートフォンの使用を一律で禁止している実態が分かった。近年では、当事者の権利保障の観点から、ドメスティックバイオレンス(DV)など困難を抱えた女性らが過ごす「女性相談支援センター」などでも、スマホの一律禁止は見直されている。閉鎖性を伴う施設での「通信の自由」はどうあるべきか。現状を探った。(木原育子)

◆スマホ禁止「国は実態把握をしていない」

会見で精神科病院内でのスマホの一律禁止をやめるよう訴えた人権精神ネット代表の早坂さん(中)ら

 「通信の自由を確保できるようにしてほしい」。先月初旬、東京・永田町の衆院第1議員会館。人権精神ネット代表の早坂智之さん(50)がそう訴えた。精神科病院でのスマホの一律禁止は法令に違反することを全国の病院に通知するよう、厚生労働省に申し入れた。  人権精神ネットは昨年12月から、スマホ使用の自由化を求めて厚労省と議論を重ねてきた。今年5月には、人権精神ネットの拠点がある兵庫県の33病院にアンケートを実施。6病院から回答があり、うち2病院がスマホ使用を一律で禁止していた。早坂さんは「調査に未回答の病院も一律で禁止しているかもしれない。国は実態把握をしておらず、全国調査が必要だ」と話す。

◆医師に「外の人間と話すと病状が悪化する」と言われ

 病院内でのスマホ使用の実態はどうなのか。

スマートフォン(資料写真)

 入院経験がある理事の成田茂さん(65)は「外の人間と話すと病状が悪化する」と主治医に言われ、スマホの使用を禁止された一人だ。「心臓に負担がかかるなど、医療機器の関係での禁止ならともかく、長い期間、スマホが使えないのは不便だし、必要な情報が得られない。知る権利を奪われたようで差別的だと感じた」と振り返る。  人権精神ネットの調査に、多摩地域の私立のある精神科病院は「1年前まで携帯やスマホの使用は制限していたが、現在は自由にした」と回答。関西圏の病院も「制限を受けるのは急性期に本人との合意の上での場合のみ」と答え、群馬県の精神科病院も「急性期と閉鎖病棟以外は、消灯前にナースステーションに携帯を預けに行き、翌朝取りに行って日中は自由に使えるようにしている」とする。

◆「病院にとって不都合な真実を外に出させないため?」

 当事者らがスマホを自由に使えるよう訴える背景には、繰り返される精神科病院での虐待事件がある。

虐待事件が起きた滝山病院。今も多くの人が入院している=東京都八王子市で

 人権精神ネット理事の高見元博さん(72)は「スマホが自由に使えれば、各地の人権センターや当事者団体を検索して通報することもでき、虐待など異常事態の早期発見につながる。一律禁止は患者のためではなく、病院にとって不都合な真実を外部に漏らさないようにするためでは」と疑う。監事の末吉俊一さん(59)も「虐待通報させないようにしているようだ」と話し、理事の佐々木信夫弁護士も「病状を言い訳に、患者を管理しよう、監視しようという意図が見て取れる」と続ける。  入院患者を虐待したとして2020年に元看護師ら6人が有罪判決を受けた神出(かんで)病院(神戸市)でも、公衆電話はあったが、看護師が日常的に業務する場所の横にあり、会話は全て聞こえる状態だった。昨年2月に虐待事件が発覚した滝山病院(東京都)でも患者は携帯電話を持つことができなかった。  滝山病院の入院患者の退院支援をする相原啓介弁護士は、「スマホ一律禁止は深刻な問題だ。外部の目が入らないことが虐待事件がなくならない原因のひとつでもある。時間帯や場所を確保するなどルールを作った上で、携帯は原則自由に使えるようにするべきだ」と指摘した。

◆なんと「公衆電話」頼み

 スマホを一律禁止にする病院側の根拠は何か。  人権精神ネットのアンケートによると、いずれもカメラ機能がネックになっているという。「他の患者を撮影してSNSに上げていた」「患者や職員の肖像権、プライバシー保護の観点から使用を控えていただいている」など、トラブルになるのを防ぐためという。

閉鎖病棟内でも設置が定められている公衆電話

 現行制度では1988年の大臣告示で「患者の医療または保護に欠くことのできない限度での制限が行われる場合がある」とする一方、「通信は原則自由」と記す。また「閉鎖病棟内にも公衆電話等を設置するもの」と定める。  ただ、この公衆電話の設置も100%守られてきたわけではない。  毎年6月30日時点の全国の精神科医療機関の実態を把握する「精神保健福祉資料」(630調査)によると、2017年に139の閉鎖病棟で電話が未設置の実態が問題に。地域差も大きく、このうち埼玉県が19病棟、神奈川県が12病棟で、2県で全体の2割以上を占めた。  その後は徐々に改善されたが、23年6月時点では前年度比17病棟増の87病棟に。相変わらず埼玉県は23病棟、神奈川県は8病棟と高止まりの状態が続く。

◆スマホがこの世に存在しない時代の「告示」が今も

 30年以上にわたって厚労省と交渉を行ってきた全国精神医療労働組合協議会(全国精労協)の志賀元輝事務局長は「電話の未設置は厚労省の問題だけではなく、NTTが公衆電話を撤退させている背景もある」とし、「公衆電話だけにこだわらず、携帯電話の使用許可や無料Wi-Fi、別の電話機の設置など、公衆電話以外の手段での通信の自由が確保されるように訴えていきたい」と話す。

スマホの普及以前に使われていた「ガラケー」。こうした携帯電話も1988年には一般的ではなかった(資料写真)

 そもそも現行の告示もスマホがない時代のもので、告示が想定する通信手段にスマホが該当するかは明確ではない。人権精神ネットが昨年12月に厚労省にただすと、「病院の管理者の判断により、携帯電話等を活用していただくことが適当だ」と回答した。  厚労省の藤井裕美子・精神医療専門官(精神科医)は東京新聞「こちら特報部」の取材に「通信の自由は守られなければならない。病状に応じて制限を行う場合もあるが、時代に応じてどういうやり方が妥当なのか、前向きに考えたい」と話した。

◆「原則と例外がひっくり返っているのが精神科病院」

 精神科病院だけでなく、一時的に行動の自由を制限する福祉施設の通信環境は変わりつつある。  例えば、DV被害者などが入所する女性相談支援センター。かつては「入所者や同伴児童の居場所情報が、加害者や第三者に知られる可能性がある」とし、携帯電話の使用は一律禁止だったが、利用者から不満が相次ぎ、国は19年6月に一律の制限を見直すと表明。ワーキングチームによる運用方法に関する調査研究を経て、20年12月にWi—Fiや衛星利用測位システム(GPS)機能を停止して使用するなどの対応方針を策定し、厚労省が全国の都道府県に通知した。  児童相談所の一時保護所も今年4月、運営基準を見直し、児童の権利擁護の観点から「正当な理由なく児童の権利を制限してはならない」と明記。こども家庭庁虐待防止対策課の担当者は、「携帯電話の使用を制限する場合は、子どもに同意を得るようにするなど、丁寧に説明するようにしている」と話す。  精神医療と人権に詳しい池原毅和弁護士は「大臣告示では本来、通信は原則自由で、例外的に制限できるようになっているが、精神科病院の内情は制限するのが一般的で、例外的に心ある病院が自由にしている。原則と例外がひっくり返っているのが精神科病院の現状だ」とし、「通信以外も含め、原則と例外が真逆の世界にならないよう多くの人が関わり、声を上げていく必要がある」と訴える。

◆デスクメモ

 もっと何とかならないか、と思わずにいられないのが厚労省の姿勢だ。スマホ禁止の実態把握に動かぬまま。大臣告示も随分と古い。知る権利や通信の自由は人権そのもの。それらを保障するのが彼らの大きな役目のはずだ。やる気を口にするだけでは話が進まないと自覚すべきだ。(榊) 

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