5年前の4月19日、東京 池袋で高齢ドライバーが運転する車が暴走して歩行者などを次々にはね、自転車に乗っていた松永真菜さん(31)と長女の莉子ちゃん(3)が死亡したほか、9人が重軽傷を負いました。

この事故をきっかけに高齢ドライバーの問題が改めて注目され、事故があった年に運転免許を返納した人は高齢者を中心に過去最多となるなど、社会に大きな影響を与えました。

事故で妻と娘を亡くした松永拓也さん(37)は事故のあと、交通安全を呼びかける講演を全国各地で行うとともに、こうした活動をする中でみずからも被害を受けたSNS上のひぼう中傷の問題にも取り組んでいます。

事故から5年になるのを前に今月、NHKの取材に応じた松永さんは「事故の日の絶望から始まって、刑事と民事の裁判、ひぼう中傷や殺害予告も受けた。その中で交通事故を1件でも減らしたいという願いで行動してきて、つらいことも本当にたくさんあったが妻と娘に対する愛と、多くの人に支えられて生きてこられた」と振り返りました。

また「いまも時々、2人がいないという現実が襲ってくる。会いたいけど会えないから『お父さんは頑張ったよ』と胸を張って言えるように生きていきたい。社会から交通事故が1件でもなくなってほしい」と話していました。

遺族の心情伝達に受刑者は

この事故では、車を運転していた飯塚幸三受刑者(92)が過失運転致死傷の罪に問われ、禁錮5年の実刑が確定しました。

妻と幼い娘を亡くした松永拓也さんは、事故から5年がたち、刑事裁判も受刑者に賠償を求めた民事裁判もすべて終わったことから、この春、新たな一歩を踏み出しました。

受刑者の考えや後悔を知り、交通事故の防止に生かしたいと、先月22日、収容されている刑務所を初めて訪れたのです。

刑務所の職員を介して被害者や遺族の心情を加害者に伝える新たな制度を利用し「刑事裁判で無罪を主張され、すごく苦しくつらかったが、真菜と莉子の命を無駄にしたくない、あなたの経験や苦悩も無駄にしたくないので人と人として向き合い、ちゃんと話がしたい」などと気持ちを伝え、8つの質問を投げかけたということです。

受刑者はどう受け止めたのか、反応などをまとめた文書が今月上旬、松永さんのもとに届きました。

文書には「どうすればこの事故を起こさずに済みましたか」という問いかけに「運転しないことが大事です」と答えたことが記されていました。

「家族からどんな声かけがあれば運転をやめようと思いましたか」という問いに対しては、「やめるように強く言われていたらやめていた」などと答えていました。

そのうえで、松永さんとの面会を受け入れる旨の返答をして、最後に「申し訳ない」と謝罪したということです。

また、事故防止のためこれらの内容を公にすることも同意したということです。

松永さんは「真摯(しんし)に前向きに回答してくれたので、率直にうれしく感じた。裁判が終わり利害関係がないなかで、正直にことばを交わせたと思っている。加害者と話すことは正直つらい気持ちもあるが、彼の経験や感じた苦悩を少しでも未来の社会につなげていくことは本当の意味で真菜と莉子の命を無駄にしないことになると思う」と話していました。

松永さんの思いを聞き取り受刑者に伝えた職員は「被害者や遺族は当時のことを語るだけでも大変つらいと思う。被害者の今の思いを受け取った受刑者が反省をさらに深める気持ちになったのであれば効果のある制度だと思う」と話していました。

高齢ドライバーめぐる現状

池袋の事故をきっかけに高齢ドライバーの問題が改めて注目され、運転免許の自主返納などが進みましたが、事故から5年がたった今、高齢者による事故は再び増えてきています。

警察庁のまとめによりますと運転免許の自主返納の件数は、池袋の事故が起きた5年前・2019年は、高齢者を中心に60万1022件で過去最多となりました。

しかし、その後は4年連続で減少し、去年は前の年からおよそ6万5000件減って38万2957件となっています。

こうした中、75歳以上の高齢者による交通死亡事故はここ数年、増加傾向にあり、去年は384件でした。

これは免許保有者10万人当たりの割合で比較すると、75歳未満のおよそ2倍にあたります。

また、事故の原因は、ブレーキとアクセルの踏み間違いやハンドル操作の誤りなど、運転操作のミスが多くなっています。

高齢化の影響で75歳以上の免許保有者は今後も増えるとみられ、警察庁は「運転に不安があるなら技能検査などを受けて警察にも相談してほしい」としています。

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